2作品目はYUMEさまより頂きましたリクエスト。
昨年11月に参加させて頂いたアンラブリンク『ハロウィン企画』出展作品、
『聖者が町にやってくる』の補完的小説です。
ありがとうございます。えーと長くなってしまったので(本編よりもボリュームが・・・)、前後編に分けさせていただいております。時系列可動式です。
YUMEさまの御眼鏡に適うお話になっておりますでしょうか?
こちらは、YUMEさまのにご自由にお持ち帰りください。
ちなみに、本編はコチラ → 前編 http://731506name.blog.shinobi.jp/Entry/107/
後編 http://731506name.blog.shinobi.jp/Entry/108/
送る日々を語る ~前編~
あの町のギミック職人は、誰もが自分の思うがままに仕事をこなす。既存の工房に就職する者も多い中、自ら工房を開く者も後を絶たない。と同時に、フリーのギミック職人も数多く存在していた。さまざまな工房を流れ、長期間そこにとどまることはしない。しかしそれには、はっきりと突出した職人としてのスキルが必要だ。自らの腕一本で生き延びる彼ら、抱える事情はさまざま。そのスキルを評価し、自分の工房に就職しないかという誘いの声がかかることなど日常茶飯だったが、フリーであることをやめる者は少なかった。彼らの事情を察してか、無理強いする工房もないのだが。
坂本の工房にフリーの職人がやって来たのは、坂本が記憶する限りでは三度目だ。いつになく上機嫌の父親が連れてきたギミック職人を見て、上機嫌の理由はすぐに解明された。フリーの職人の中でも特に腕がいいと評判の男。坂本よりも少し若いくらいの年齢だろうか。人懐っこそうな笑顔を絶やすことなく、自ら握手を求めてきた。断る理由もないので素直に握手に応じた坂本は、その瞬間の男が浮かべてすぐに引っ込めてしまった表情に、違和感を感じた。握手をしたことで、何かを鋭く感じ取ったと言わんばかりの、意味ありげな目。違和感はすぐに、男の言葉によって確信へと格上げされた。
「井ノ原です。『技は心』が信条なんで、どーぞよろしく。」
ずいぶんと甘ったれた戯言を言う。ギミック製作が心でどうこうなるものなら、世界中の人間すべてがギミック職人だ。そう。坂本の井ノ原に対する第一印象は、胡散臭い男。の一言に尽きた。
高い塔のてっぺん。遥か遠くまで見渡せるその部屋で昔話をする男、坂本は冷めてしまったコーヒーに面倒くさそうなため息をつき、新しく入れ直すために立ち上がった。振動でタバコの灰がじゅうたんの上に落ちたが、それは軽く一瞥しただけでキッチンに直行する。まだどこか打ち解けてくれてはいない背中を見送りながら、長野は放置された灰をそっと拾った。ここに昔話の主役である井ノ原がいないという現実が、きっと坂本の表情を曇らせている一番の原因。あの日、あの最後のハロウィンの日、井ノ原が大怪我をした理由の一端は井ノ原自身にもある。ギミックと密接してバトルをするなどという暴挙に走っていさえしなければ、少なくとももう少し安心できる結果に終わっていただろうに。
ふと、坂本の工房に所属していたもう一人の若い職人のことを思い出す。強くまっすぐな意思を持ち、自分の目的を貫き通したあどけない顔の青年。医者がさじを投げるほどの重傷を負いながら、最後まで坂本と井ノ原には元気いっぱいの姿しか見せなかった。最後には「2回戦がんばってね。まぁ、俺が勝てなかったんだから井ノ原くんなんてチョー苦戦するだろうけど。」などと可愛らしい口調で毒舌を披露して、二人に笑顔で手を振っていた。『ジャック=オー=ランタン』ほどの優れたギミックに関する情報を収集に来た長野と気まぐれで着いてきただけの森田は、二人の姿がエレベーターの中へ消えた後、目撃する。突如苦しみだした三宅が、そのまま危篤に陥るまでの一部始終を。親しい知り合いだと名乗り出た長野が聞いた症状は、急性無気肺。なぜかX線検査に現れなかったそれは、今になって気管支の閉塞を引き起こしているという。血圧の急激な低下によるショック症状だと苦々しく答えた医者は「できる限りのことはしますが・・・・・」と、あからさまに言葉尻を濁した。彼はきっと助からない。それを決定付けるには充分すぎるような態度を、示してくれたのだ。
「やっぱ、似てるな。」
長野の意識を引き戻したのは、いつの間にか戻ってきた坂本の声。意味あり気な言葉を発した割に、続きを話す気配は見せない。中途半端な呟きは、とても意味が気になるもので、
「似てるって?」
中身が知りたくなるのは当然の心理。
「お前と井ノ原。笑い方がスゲー似てる。憂い満載です。って感じ?」
少しだけ口角を上げただけの笑みは、切ないという感情をしっかりと帯びていた。
坂本が井ノ原の信条を理解するきっかけを得たのは、出会って数週間が経ったある夜のこと。機械の電源を落とし忘れたことを思い出し、工房に戻った坂本の耳に届いたのは井ノ原の話し声。誰かと会話をしているようなそれが独り言だと理解したのは、話し相手がギミックだということをその目で確認したからだ。まるで親しい間柄の人間と話すような口ぶりに、ちょっとイタい奴なのか?と疑問符を浮かべたが、話の内容を聞いて、すぐに違うと分かった。出荷予定の『人型』を相手に、とても穏やかな表情と口調、わが子を送り出す親のようにあたたかい。
「俺はずっとずっと祈ってるからさ、がんばれよな?マスターに愛されて、半永久的に使ってもらえるように、幸せな毎日でいられるように、ホント祈ってるから。」
やんわりと頭を撫でる掌。
「関わった以上は、お前も俺の家族だから。」
大切な存在なのだとストレートに告げる。
「坂本くんには内緒で、名前付けてやるよ。シリアルナンバーなんて、愛がないじゃん?」
『技は心』は甘えではない。
「そうだなぁ・・・・・・・・・セイル。よくねぇ?お前は船乗りの人のところに行くから、船の帆って意味で、セイル。風をいっぱいに受けてまっすぐ前に進む船の要の帆みたいに、威風堂々で突き進んでやれよ。」
生涯に生み出す数え切れないほどの人型一つ一つに対して、誠実なまでに愛情を込めていくという意味で、言った言葉だ。ギミックが生身の人間でなくとも、モノ扱いはしない。そう示すことを自分の中で決めている。
「そんで、世界で一番愛されるギミックになれ。」
精いっぱいの存在証明を、贈るのだ。
「最高の船出に、しような。」
もっと井ノ原のことを知りたいと、初めて思った。
その年のハロウィンのバトルトーナメントに、井ノ原はミイラ男のギミックを伴ってエントリーした。「マミー」と直訳な名前を付けられたギミックが、井ノ原に使ってもらえることを喜んでいるように見えたのは、坂本の贔屓目だろうか。父親に強く勧められてエントリーした坂本も、自分の魔女のギミックに「ウイッチ」と名前を付けてみた。どこか愛着が湧いたような気がして、これから先も長く使っていけたらと思えた。職人を続けていて、初めて湧いた感情。影響をもろに受けた坂本にも、真似ができなかったことがある。ギミックと密接して、同じように動き、まるで自分と一心同体のようにバトルに挑むという行為。ギミックはバトルへの適正を最優先してプログラミングを施された、いわゆる戦闘のプロのようなものだが、使い手は違う。同じように動こうと思えば、それはそれは果てしない体力と練習を要するだろう。職人は力こそあれど、それに比例して体力もあるというわけではない。家と工房の往復程度しか運動をしていない坂本は、少し走った程度でも息が上がってしまう。しかし井ノ原はすべてのバトルで平然とギミックと同等に動き、初参加にして準優勝という快挙を成し遂げた。ただし、待っていたのは賞賛の声と同時に、決勝戦でギミックと密接しているが故に被った負傷へのお叱りの言葉だったが。
その日の夜、坂本は聞いてみた。何故ギミックとあれほどまでに密接する必要があるのか?と。すると井ノ原は当たり前のように答えたのだ。
「パートナーなんだからさ、一緒に戦うのが筋ってもんでしょ。」
ギミックに対して筋を通す。というのも得てして妙な話ではあるが、井ノ原ならばなんら不思議はない。どこか納得してしまった坂本は、やんわりと笑って「そうだな。」と肯定してみた。肯定された井ノ原は目を瞠って驚いた表情を作ったが、すぐに笑顔に戻って、坂本ならば分かってくれると思っていた。とあっさり言ってのけた。坂本はこの時点では気付いていなかったのだ。その笑顔が、不釣合いな感情も孕んでいることに。
フリーのギミック職人にしては異例のこと、坂本に懐いた井ノ原は、工房になんとなく居ついていた。腕のいい職人が就職してくれたのだから、嬉しい出来事である。そしてよく話をするようになった二人がある日、自分がギミック職人の道を選んだ過程について話す機会に出くわした。坂本はなんとなく父親を手伝っているうちに跡を継いだだけ。井ノ原も同じ。ただ、決定的に違う点もある。井ノ原は子供の頃、ギミックが大嫌いだったということ。両親共にギミック職人という環境で育った井ノ原の家では、家事はすべてギミックが行っていたというのだ。母親の手料理の味も知らずに、父親と触れ合う機会も得られずに育った井ノ原は、その現実に癇癪を起こしてギミックをベランダから落として壊したことがあるらしい。それは両親をそろって激怒させ、言われた言葉は「ギミックに謝れ。」だったそうだ。ギミックも家族の一員なのに、それを故意に傷つけるとは何事だ。とこっぴどく叱られて、人間とギミックの「いい関係」について一晩中熱く語られた。一方的にモノとして扱ったとしても、それは人間のエゴを押し付けているに過ぎない。生み出した以上は愛情を注ぐ責任がある。と。それから、井ノ原は両親の目が恐くてギミックに人間であるのと同じように接するようになった。両親が見ているから。という理由付けがなくなったのは、自分が実際に職人になってしばらくしてからのことなのだそうだ。名前を付け始めたのも同じ頃で、かつて説教をした父親もそれは過剰だ。と苦言を呈したようだが、今度は逆に、井ノ原が愛情を注ぐと決めた以上はきちんと関わるべきだ。と言い返したという。何がきっかけでどんな風に自分の考えが変わるかなど分かったものではない。坂本はそう思ったと同時に、初めて気付いた。井ノ原の笑顔が、どこか不自然だと。笑顔の前に出来る一呼吸分にも満たない間。まるで助走のようなそれは、大きな陰となって坂本の心に焼きついた。
つまらない嘘を重ねて、自分を納得させることに延々と骨を折っていたのは結局、自分のためだった。
苦しみもがきながらも歩くことをやめなかったのは、本当に正しい選択?
またも冷めきってしまったコーヒーに、坂本は舌打ちする。早く口を付けなかった自分が悪いのだが、話を遮られるのはどうしてかイヤだった。おそらく、過去を話すという行為が精神を疲弊させ、激しく消耗するから。確かに坂本は長野という人間に興味が湧いて、ただの一度も強制されることなく、自分の意思で一緒に来た。が、どうしても過去について語ると考えてしまうのだ。あの頃はよかった。井ノ原と三宅が一緒にいて、楽しく充実した毎日をそれなりに過ごせていて満足だったのに。そんな風に思考がばらつく自分が酷く腹立たしくて、ストレスというカタチで圧し掛かって来る。だから一気に話を終えて、一刻も早く一人の世界に籠ってしまいたかった。
「もう、やめようか。」
切り出したのは長野だった。
「たくさん話して疲れちゃったでしょ?もう、お開きにしよ。」
やんわりとした笑顔を意識しているであろう長野を見て、思わず坂本は苛立った。この世界に心から笑っている人間なんて、本当は一人もいないのかもしれない。
「坂本くん?」
「・・・井ノ原の両親が死んだ理由を、井ノ原は俺が知らないと思ってるんだ。けど、俺は知ってる。誤作動したギミックに囲まれて死んだことを、知ってる。」
大きく息を呑んで、長野は忙しなく視線を泳がせた。この男もこんな人間じみた反応をするんだな。と、頭の隅でぼんやり思う。
「両親の事故が原因で生まれた疑念を隠して、惰性でギミックを大事にしてた井ノ原の気持ちなんて俺は分かりたくない。バトルで大怪我をしたのがきっかけでギミックから離れちまったとしても、それこそが井ノ原の本気の本音なのかもしれない。俺は、もう腹に風穴開けてても笑ってギミックの心配するようなことは、させたくないからな。」
井ノ原の怪我は、ギミックをかばったせいで負ったものだ。メドゥーサがマミーを抱えあげて叩きつけようとしたとき、それを井ノ原は咄嗟に受け止めた。それまでの攻撃のせいで折れて突き出していた足のパーツが、勢いよく井ノ原の腹を突き抜いた瞬間は、きっと忘れることなんて出来ないだろう。息が止まるかと思った。
「人間とギミックが同じように動くのは、すごく難しいことだよね。」
「ああ。」
「井ノ原くんは、本当に惰性でギミックを大事にしてるの?」
「俺はそう思ってる。」
「惰性に体は張れないよ。うん、質問の仕方、えーと、質問の切り口を変えようか。職人としてのプライドの問題だと思うんだ。坂本くんも同じでしょう?中途半端なギミックを作るなんて、絶対に許せない。そういうのと、同じだと思う。」
「じゃあ、何なんだよ。あの憂いが含まれた笑った顔。あれはどうやって説明する?」
「坂本くんって、子供?本当の気持ちなんて、どんなにたくさんの言葉を使っても、その人にしか理解出来ないんだよ。それを周りからとやかく詮索したって、意味ない。言葉が乱暴かもしれないけど、余計なお世話だ。」
本当に遠慮のない乱暴な言葉で発せられた長野のそれは、確かに的を得ていると思った。長い時間一緒にすごしてきたせいで、心の中に土足で干渉しようとしていた自分に気付かされる。それでも、やっぱり、
「俺はさぁ、ただ井ノ原を少しでも守ってやれたらって思うんだよ。」
坂本がため息混じりにそう言えば、長野はにっこりと笑って坂本のくわえていたタバコを抜き取った。
「だったら禁煙して、長生きすることでも考えれば?知ってる?タバコ吸いすぎの人って、水に浮きにくいんだって。坂本くん、このままじゃ海に落ちたら溺死だよ。」
「っつーか、海とか行かねぇし。」
「行くよ。井ノ原くんが復活したら、行きたいギミックの職人街があるんだ。海に囲まれた小さな島でね、すごくきれいなトコなんだって。」
ふと、現実に引き戻された。自分は天辺から世界を見下ろすと宣言する男と、行動を共にしているのだ。
「なんで、井ノ原待ちなんだ?」
「だって坂本くん、町を出る日に井ノ原くんに言ってたじゃん。世界を見に行こう。って。世界にあるたくさんの「いいもの」を一緒に見に行こうって。だから、井ノ原くんも一緒に行ったほうがいいでしょ。」
まるで観光にでも繰り出しそうな雰囲気で、長野は言う。職人街を潰しにいくという、血生臭い目的があるというのに。坂本は実に前向きな姿勢で構える目の前の男を、訝しげな目で見た。すると長野はまた憂いを含んだ笑顔を浮かべ、呟く。
「嘘は、ダメだよ。」
利口な生き方に、嘘は付き物なのに?
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