本日は、その記念すべき第1弾でございます。
とても早くリクエストを下さった、前サイトよりご贔屓にしてくださっている霰さまリクエスト
・トニセンで流れ弾に当たる井ノ原氏。
あ、曖昧!!
えーと、こんなに曖昧なリクエストもありません。
さっそく霰さんに詳細をリサーチ。
すると「ごとうさんなら絶対に書けますよ。期待してます。」という返事が返ってきました。
一体何を根拠にそんな自信が・・・・・
ということで、必死に書かせていただきました。
霰さまのみご自由にお持ち帰りください。
こんなものでよかったんだろうか?
ビール1本の夜
1年364日。毎日のようにビールをお茶でも飲むかのような感覚で大量に摂取する同居人が、1日だけ缶ビール1本で終える日がある。泣いて、怒って、声を枯らすほどに叫んで、ビールを1本飲んで寝てしまう。それは、お互いにとって忘れられない夜。決して忘れてはいけない、深くてわずかな光の差すこともない夜。
井ノ原は30歳にしてフリーターという少し困った大人である。アルバイトをして、お金が貯まるとふらりと旅に出てしまい、お金が尽きるまでは帰ってこない。学生時代からの繰り返しであるそれは、始めこそは周囲に心配をかけたものの、もう誰もが慣れてしまった厄介なクセのようなもの。という扱いになっていた。高校で井ノ原の先輩に当たる坂本は、もう随分と長く井ノ原と同居している。高校時代から、ずっと「将来は旅人になる。」と公言してきて、それを大学に入って2年も経たないうちに実行に移したまではよかったが、せっかく入った大学を、一度目の旅から戻るなり辞めてしまったことには呆れるばかりだ。しかし、旅を最優先させるためにフリーターでい続けている今となっては、大学を辞めたことなど些細な過去の出来事に過ぎない。それでも説教をしてそんな宙ぶらりんな生活を辞めさせようと思わないのは、きっと、井ノ原が旅人になった目的を知っているから。そして、その目的が果たされる日が来ることを、自分も勝手に心の中で便乗して望んでいるからだろう。
旅人になる。その目的が言い出した頃と今とでは違ってしまっている。初めてその話を聞いたとき、坂本と、同じく井ノ原の先輩に当たる長野は、若気の至りだと笑い飛ばして片付けた。世界中のいろいろなものを見て回りたい。その途中で、何か自分が一生携わりたいと思う何かに出会えるかもしれないから。とんでもない夢物語。そんな甘い考えが通じるほど、お気楽なご時勢ではない。熱く語る井ノ原を適当にあしらう毎日。1年後には坂本と同じ大学に入学してきたのだから、旅の話も夢の域を出てはいないのだな。と楽観視していた。むしろ成績優秀で有名人だった長野が、大学へは進学せず、映画の勉強がしたい。とヨーロッパへ行ってしまったことのほうが重大事件と言えた。
大学2回生になったばかりの井ノ原が、明後日から旅に出る。と突然の爆弾発言を聞かせてくれた理由を、坂本は痛いほど理解していた。イギリスで映画の勉強をしていたはずの長野が、その消息を絶ったからである。遠距離恋愛中のカップルか!と突っ込みたくなるほどにマメに、井ノ原と手紙のやり取りをしていたのに、ある日からプツリと長野からの手紙は途絶えてしまった。忙しいのだろうと始めは軽く宥めていた坂本も、さすがにそれが2ヶ月続くと、心配という感情が湧いてきた。住んでいると聞いていたアパートに連絡しても電話は料金未納で止まっており、下っ端だけれど働かせてもらっていると聞いていた映画制作会社に連絡をしてみれば、2ヶ月の無断欠勤が理由で、解雇になったと言われてしまった。実家に帰っている様子もなく、長野の消息が、リアルに分からなくなっていることを決定付けられて、坂本と井ノ原は本気で焦り始める。まるで蒸発してしまったかのように、消息は一切掴めなかった。そして痺れを切らせた井ノ原が、坂本に切り出した話が「明後日から旅に出てくるよ。」だったのである。
長野と一緒に帰る。口癖のように井ノ原が坂本に言い続けていた言葉だ。旅に出るときに、行き先も期間も決して言わないが必ず残す言葉。期待はしていない。けれど、どこか坂本を安心させてくれる。きっと長野ももちろんだが、井ノ原が必ず帰ってきてくれるという保証を得たような気がするからだろう。もう、ごめんだった。親しい誰かが忽然と姿を消してしまうなんてことは。それを察してくれているのか、旅の期間が長くても短くても、いつも必ず一度だけ、井ノ原は旅先から絵葉書を送って寄越す。他愛のない内容であることが大抵だが、見慣れた文字の書き連ねられたそれは、坂本の気持ちを安堵というものへ好転させるには充分なものだった。
ヨーロッパは広い。井ノ原はありとあらゆる国を探し回っていたが、その夏は、普段とは違う旅をしてみようと考えていた。反対でもされたら面倒なので坂本に詳しく告げることはないが、ヨーロッパを足がかりに周辺諸国に足を伸ばしてみようと。トルコ方面へ行くか、バルト三国方面からもう少し北へ足を伸ばすか。井ノ原の知る長野は、何か興味を引かれることに出会えば、それに向かって形振り構わず走り出すタイプ。普段は冷静で、危ない橋は叩いても渡らないことだってあるのに、この時折り顔を出す好奇心には、坂本もやたらと口をすっぱくして苦言を呈していた。高校時代の放課後の世間話。当時から長野の映画熱は高く、夏休み明けに「ノルマンディー上陸作戦のロケ地を見てきたんだ。」と軽く言ってのけられた日には、眩暈を覚えた。コーネリアス=ライアンに興味を抱いていたので、嫌な予感はしていたが的中したか。とは、井ノ原、坂本が共に抱いた意見であったが、長野があまりに上機嫌だったため、終ぞ伝えられないままだ。そんな長野の映画遍歴を思い出してみて、一番新しい記憶を掘り起こす。やり取りした手紙の中に、どんな映画の話を書いていたか。・・・・・モフセン=マフマルバフ。はじき出された映画監督の名前は、ただ井ノ原の不安をイタズラに煽る名前。もしも長野がこの監督の映画のロケ地に足を運んだとしたら、いや、物理的に民間人の渡航は不可能な地域だ。けれど長野なら何らかの手段を使ってやりかねない。だとして、追いかけるにしても、自分がどうやって渡航許可を得るかが問題だ。何か方法はないものかと思案していた井ノ原が、とりあえずヨーロッパへ向けて発ったのが、夏の真ん中。
その年の秋口、坂本に帰国したことを伝えに現れたのは井ノ原ではなく、長野だった。一人で、ぼんやりと坂本の会社が入っているビルの前で空を見上げて。とてつもない衝撃。どれほど手を尽くして捜しても見つけることの出来なかった友人が、今、目の前に立っている。見紛うことなど有り得ない。確かにそれは長野だ。が、坂本は同時に長野の周囲を必死に観察した。一人で立っているのだ。もう一人、その姿が確認できない。もう一緒に帰ってくるのが当然の結果だと、勝手に自分の中で思い込んでいた。それがふたを開けてみれば、いや、もしかしたら、ここには一緒に来ていないだけかもしれない。とにかく、帰ってきてくれた友人に声をかけよう。随分と、会っていなかった。きっと自分にとって一番の座を占める、大切な友人。
「やっと帰ってきたか。この映画オタクめ。」
背中に向かって言えば振り返ったのは、まるで年をとることを忘れてしまったかのように変わりない、見慣れた笑顔。
「坂本くんは、くたびれたサラリーマンがすっかり板に付いたね。」
刺々しい物言いも、変わっていないなと苦笑した。
「おかえり、長野。」
「ただいま、坂本くん。」
9月もあと数日という快晴の日の、出来事。
やはり長野は一人で帰国したと答えた。突然音信普通になったのは、イギリスで仲良くなった映画関係の仕事をする人間と、衝動的に映画を撮ろうという話になって、ノルウェーへ行っていたかららしい。あの単調極まりないフィヨルドの風景を相手に、ロードムービーを二本撮ってきたと言う。それが共に地元の小さな映画祭で入賞し、日本で映画の仕事が出来る運びになったので帰国したようだ。好奇心を職業として身に着け、これはもう、凱旋帰国と呼べること。その奔放さにクレームをいいだけつけてやろうと決めていた坂本は、自分のことのように長野の成功を喜び、すっかりクレームなどという言葉は頭の中から消去されてしまっていた。あとは空振りで帰ってくる井ノ原を、二人で出迎えるだけだ。何年ぶりだろうか、三人が揃うことが嬉しくて仕方ない。一抹の不安を胸に抱きながらも、長野には井ノ原は旅行中だとだけ言っておいた。帰ってくる。忘れた頃にあの笑顔で平然と帰ってくる。旅行先から絵葉書が届かないのは、単に長野を探すことに夢中になりすぎて忘れているだけだ。そう、思い込んで。
すべてがうまい具合に運ぶ、いわゆるハッピーエンドなんて都合のいいことは、この世の中には存在しないのかもしれない。
黒いスーツを着て、井ノ原を見送った。すっかり秋と表現するにふさわしくなった、10月半ば過ぎの薄暗い雨の日。晴れた空が大好きだった井ノ原を嘲笑うかのように、雨は決してやもうとはしない。何も悪いことなんてしていないんだ。とは言えない。井ノ原が死んだのは、一般人の渡航を強く規制しているアフガニスタンだったからだ。テロだかデモだかどちらとも判断しづらい暴動に巻き込まれて、よりにもよって警官が撃った流れ弾に当たって即死だったそうだ。どうしてそんな情勢の悪化していることが顕著な国へ行ったりしたのか?と坂本は疑問を口にしたが、それに対して返された長野の答えは、とても皮肉なものだった気がする。
「俺がきっと、アフガニスタン映画に興味があるって、手紙に書いたからだよ。」
何年もかけてやっとで導き出された答えが、あまりにも残酷で悲しみよりも怒りが勝った。結局は最初から最後まですれ違い続けただけなのだ。青白い街灯に照らし出される夜道を歩きながら、強く降る雨を無視したように坂本が傘を差さなかったのは、泣いている顔を誰より井ノ原に見られたくなかったからなのかもしれないと、長野は感じた。
もうすぐ同居人が帰宅する。どうしてだか、毎年のように必ず、今日という日は雨降りだ。毎晩、疲れを体中に溜め込んで帰宅する坂本は、浴びるように大量のビールを飲んで、そのままの流れで寝入ってしまう。それが、一年で今日という日だけは、缶ビール1本で終える。一年前に長野が撮った、井ノ原のことをモチーフにした映画を見ながら、子供のように泣いて、狂ったように怒って、声を枯らすほどに叫んで、ビールを1本飲んで寝てしまう。長野には今日の夜のことが、もう手に取るように分かっていた。坂本は雨の中、傘も差さずに帰宅して、濡れた服を着替えることもせずにビールを持ってリビングへ直行する。DVDの再生ボタンを押し、映画と想い出を重ねるのだ。一度だけ、進言したことがある。せめて、傘を差して帰宅してくれと。すると坂本は自嘲気味に笑って、こんな風に答えた。
「井ノ原が泣いてんだよ。俺はそれを、受け止めてやりたいんだ。」
それは、お互いにとって一生かかっても忘れられない夜。決して忘れることなど許されない、痛みと悲しみと後悔しか存在しない、纏わり付くような闇を塗りこめた夜。
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