昨日は大雪でした。
あまりに積もったせいで、今日は道路が水浸し。
快晴なのに道路が水浸し、しかも凍結。
みなさま、転んでお怪我などされませんよう。
出演 : 井ノ原 快彦 ・ 長野 博
いつか、帰ってきて。
幸せな時間は、なぜ永遠に続いてくれないのだろう。望む存在は、なぜ早く消えてしまうのだろう。与えてもらえるほど、尊い人間ではないのに、なぜ、与えようと思ったのだろう。これではまるで、財産目当ての詐欺師みたいだ。
ギリギリで振り切ってしまった罪悪感。邪な他意なんてなかった。ただ、もう先行き長くないあの人が、毎日明るく笑って過ごせたらいいと、思っただけ。本当に必要な人がそばにいて、毎日あの人の心を癒してくれればと、願っただけ。だから、
「おじーちゃん、よしがきたよ。」
手が温かかったことは、絶対に忘れられない。
久しぶりに来たその場所は、時間を止めたかのように変わることなく、宝物を包むように守っている気がした。井ノ原は色褪せた白い布を、そっと剥がす。持ち主の去ってしまったキャンバスたちはどこか寂しそうに見えて、一枚一枚のヘリを、優しく撫でてやる。そして、手に取るのはすべての根源、たからもの。探していた。ずっとこの中に眠るものが欲しいと思って、それだけはどうしても自分の手元に残しておきたくて、広大な土地も、多分にある金銭もいらなかった。ただひとつ、この中に眠る大切なそれだけを、望んで。今、その望みが、手の中に入ろうとしている。優しくて強くて笑顔の似合うあの人との、たからものが。そう考えると、たった1枚のキャンバスでさえずっしりと重く感じる。井ノ原は抜き取ったその一枚を、泣き出しそうな笑顔をたたえ、愛おしむように抱きしめた。
「君に重ねてしまったから、すべてをあげようと思ったんだよ。」
言われて、いや、言ってもらえる前から、井ノ原は何度、謝罪の言葉をその人に捧げたか。自分の傍にい続けたのは孫の「よしはる」だったと、最期まで信じさせて、心安らかに送ってあげればよかったと、果てしなく繰り返す後悔。罪悪感に苛まれて、恐くなった。自分が嘘つきだというレッテルが残るのが、急に不快に感じた。自分かわいさが余り、信頼を裏切った。6歳の人格になってしまった時に何度も言ってた「わるいこはしななきゃいけない。」は、現在の自分も兼ね備えた本音だったのかもしれない。あの優しさを裏切った自分が、大嫌いだ。あの笑顔に応えられるに値しないのに、与えられている自分など、存在する資格がない。面倒なことに誰も巻き込みたくなくて、優しく手を差し伸べてくれたメンバーには本当に申し訳ないと思うけれど、もう終わりにした方がいい。たからものは、見つかった。
キャンバスと向かい合って、邂逅さえもなかったことになればいいのにと考え込んでいると、静かにドアが開く音が聞こえる。
「お待たせして申し訳ありません。」
寸分の隙もなく、きっちりとスーツを身に纏って現れたのは、あの人の弁護士。井ノ原が呼び出した。答えを告げるために。
「こちらこそ、お忙しいのにこんな遠くまで来てもらって、すいません。」
「いえ、仕事ですから。」
通夜に遺言状を持って現れたのは、この人。財産を井ノ原に譲る手続きをすると断言したが、それを待って欲しいと頼んで、延々と、こんなにも長い時間、付き合ってくれた。井ノ原はこの弁護士を見ると、いつもどこか坂本と重なるような気がする。格好もそうだが、常に引き締まった、少し恐いとさえ思わせる表情。なのにとても親身になって、井ノ原の話を聞いてくれたり。
「この絵が、おじいちゃんのたからものです。」
目の前にあるキャンバスを指差せば、それに視線を送り、すぐに井ノ原に戻す。ほら、似てる。どんな答えを井ノ原が出すのかを、待ってくれているところ。
「絵を、剥がしてもいいですか?」
「どうぞ。それは、正当な遺言によって、井ノ原さんに贈与されたものですから。」
「ですよね。」
思わず苦笑してしまいながら、井ノ原はそっとキャンバスの縁に用意していたカッターの刃を宛がった。釘を抜くべきなのだろうけれど、とてもしっかりと打ち込まれたそれは、並大抵のことでは抜けそうにない。無理なことをして、絵をいためてしまったはいけないと、カッターで、張られたキャンバスを切り取らせてもらうことにしたのだ。震える手に必死で力をこめて、慎重に切り込みを入れていく。この下に、捜し求めていたものがある。2辺を切り取ったところで、カサリと中身が音を立てた。それでも慌てて剥がすことはせず、丁寧にもう一辺に切り込みを入れて、ゆっくりと絵をめくった。音を立てた中身は、A4サイズの茶封筒。ゴクリと唾を飲んだ。一度だけ深呼吸をし、封を開ける。出てきたのは遠い親戚だという男が欲しがっていた、権利書の類と貯金通帳。そして、一枚の紙切れ。基、
「やっと、見つけた。」
穏やかな笑顔を井ノ原に齎したのは、写真。それを一番上に乗せて、弁護士に手渡す。手渡された弁護士は、その写真を見るなり、ふわりと笑顔を浮かべた。
「いい写真ですね。」
「はい。番組のロケのときに、スタッフにおじいちゃんのカメラで撮ってもらったんです。それをおじいちゃんと、よしはるくんと俺で現像しました。集合写真、みんなすごくいい笑顔で映ってて、3人とも大好きな写真で、俺は、どうしてもそれが欲しかった。」
「現像を、ご自分で?」
「はい。キャッキャ言いながら、3人で、簡易で風呂場に作った暗室で、あーでもない、こーでもないって悪戦苦闘して、酢酸の臭いに苦戦して、すごく楽しかった。」
思い出されるのは、本当に楽しいと思っている人の笑顔、声。焼き増しなんて考える余裕がなくて、たった一枚のそれを、井ノ原はあの人に持っていて欲しいと託していた。
「井ノ原さん、あなたは本当に、あの方から大事にされていたんですね。」
「え?」
「裏を見てください。」
裏返しに差し出された写真を受け取り、井ノ原は思わず言葉を失った。あの人の優しさがすべてそこに詰め込まれているようで、胸が苦しくなる。
『井ノ原くんの歩む未来に、陽の光が満ち溢れているよう。』
あの人の言葉に、涙があふれた。
人を待たせてまで感傷に浸って泣いているわけにはいかない。井ノ原は容赦なく零れ落ちてくる滴を上着の袖口で拭い、真剣な表情を弁護士に向ける。たからものを探し始めたときから、ずっと決めていたことを、伝えなければならない。
「俺は、写真だけが欲しかったんです。だから、それ以外のものはいりません。全部、おじいちゃんの好きだった歌を知ってくれている人に譲ります。」
「それは例えば、ご本人の血縁でなくても?」
「はい。この町に寄贈してもらっても構いません。この町の人たちは、みんなおじいちゃんの好きだった歌を、知っているはずですから。」
「分かりました。では、書類はお預かりします。」
「よろしくお願いします。」
あれこれと余計な詮索をせず、仕事は仕事で割り切ってくれる。弁護士は書類をきちんとカバンにしまうと、「失礼します。」と頭を下げ、さっさと美術室から出て行く。出て行こうとドアを開けた瞬間、「あ。」と小さく声を上げたが、すぐに井ノ原に頭を下げ、行ってしまった。井ノ原はそれを最後まで見送って、ドアが閉まると同時に大きく息をついた。
写真を空いていたイーゼルに乗せ、じっと見つめる。そこで笑顔を披露しているのは井ノ原、三宅、ロケに参加してくれた町の人たち、よしはる、そしておじいちゃん。2度と同じものを撮ることは叶わない。
「ありがとう。」
呟いて、わざわざ持参したギターを抱えた。この写真を見つけたら、歌って聞かせようと決めていた歌がある。おじいちゃんが大好きだといってくれた歌。わざわざ井ノ原と2人だけでいるときに、少し照れくさそうに言って、一生懸命覚えてくれたのか、歌って聞かせてくれた。あとになって町の人に聞いた話だと、CDを買いに自ら足を運んでくれたらしい。町の夏祭りの出し物で、子供たちと楽しそうに歌ってくれたこともあった。純粋に大切にしてくれた歌を、持ち合わせるだけのすべての感謝の思いをこめて、捧げなければいけない。
「一生懸命歌うから、聞いててね。『ありがとうのうた』。」
大好きな人のために、何かしてあげられればいいと思っていた。そうすることが、どんな影響を後々及ぼすのかなんて、微塵も考えなかった。ただ、笑っている顔が好きで、もっとずっと笑っていてもらうために今、できることがあればすればいいのだと、単純に考えていた。そんな考えなしで浅はかな自分を愚かだとは思うけれど、気持ちは嘘じゃなかった。おじいちゃんに笑って欲しいという望みには、わずかな偽りもなかった。そのために、よしはるの役を演じることが当たり前だと思っていたし、悲しみを癒すことは、大事なことだと思っていた。自己満足でもいいのだと決め付けて、勝手に走り続けた。そんな利己的な想いへの、罰が今になってたくさん降りかかってきているのは、当然の報い。甘んじて受け止めなければいけない。大切な仲間を失うことも、自分が招いた結末。なくすことに脅えていつも泣きそうな自分でいることこそ、償い。あなたが笑顔で旅立つことに、自分は少しの力にでもなることが、できましたか?
ありがとうと言わせてほしい
例えば、何年経っても
きっと変わらず僕はまだ
今日を、覚えているよ
絶対に忘れることはしない。この悲しみよりもいとしさのほうが勝っていたと確信できた瞬間のことを。今日という、もう求めるもののなくなってしまった、けれどきっと重要な事を終えることのできた、特別な日を。ここに誓う。忘れたりしない。
Dm7 E C#m F#m7 Bm7E AM7 Bm7 E AM7 スピリトーソとブリランテは維持で、アダージオ、ラレンタンド、コーダ。
最後の音を弾いて、浮かぶ嬉しそうな笑顔をかみ締める。瞼を閉じた闇の中に広がるのは、まぶしいほどの光。ギターを置こうと目を開くと、背後から伝わってくるのは、暖かさ。視界に入ったのは、見慣れた手。力いっぱい自分を抱きすくめている、この手は・・・・・
「一緒に帰ろう、井ノ原。」
いつも数歩先を歩いてくれていた、大切な、かけがえのない、
「長野くん。」
歌うことに一生懸命すぎて、まったく気付かなかった。いつの間にか傍に来てくれた人に。
「お前が何を言って俺を拒んだとしても、俺はこの手を離さない。迎えに来たんだ。だから、一緒にみんなのところへ帰ろう?」
やわらかい口調。大好きな人の優しい手に、嬉しくなる。と同時に、恐くなる。これまでに自分が取ってしまった態度は、きっと長野を少なからず傷つけたはず。突然6歳の人格を披露してしまった自分の行動は、長野に多大な迷惑をかけたはず。なのにどうして、責めないのか。触れているこの手は幻かもしれない。だから優しいのかもしれない。そんな風に考えれば考えるほどに恐いという気持ちは膨張するばかり。振り返れない。どう答えればいいのか、分からない。
「独りでいなくならないで。俺たちはみんな、お前を待ってるんだから。」
じわりと、染み渡る言葉。その中に嘘や計算がないことなんて、ちゃんと伝わってる。この人はどうしてこんなにも、大人なのだろう。欲しい言葉を、ちゃんと用意していてくれるのだろう。手を取れば、これからも一緒にいられる。本当は一番に望む場所へと、帰ることができる。でも赦されるわけない。独りを選んだのは自分で、だから、
「いろいろなことがあったんでしょう?井ノ原が意味もなく、俺たちを困らせたりしないことなんて、よく知ってるんだから。もう、いいんだよ。いっぱいがんばったよね。独りで背負うのは大変だったよね。でも、井ノ原はまだ終わってない。終わってないよ。」
何もかもなくしたと、思っていたのに。
「大丈夫。今の歌で俺は、充分に心を癒してもらったから。」
独りでいくことが、正しいと、
「帰ろうよ。帰っておいで。」
「俺、嘘ついた。」
「そうだね。でもそれは、とても優しい嘘だった。」
「おじいちゃんに笑って欲しくて、けど結果的には騙したんだ。」
「でもおじいちゃんは、笑ってくれたんでしょう?」
「長野くんにも坂本くんにも岡田にも、すごく迷惑かけたよ。」
「迷惑だなんて、思ってないから。」
「坂本くんに「ばいばい。」って、岡田に「もういいよ。」って言っちゃったもん。」
「まだ取り消せる。」
「俺がV6にいても、いいの?」
「いいの?じゃなくて、いなくちゃだめなの。」
「やだ。なんか、恐いよ。」
「じゃあ井ノ原は思ってるんだ?V6は、これしきのことでダメになるグループだって。」
「思ってないよっ!みんながんばってるもん!そのこと、よく知ってるよ!」
「うん。だから大丈夫だよ。戻っておいで、井ノ原の居場所に。」
「俺の居場所?」
「井ノ原だけの特等席。井ノ原専用。俺と坂本くんの間、トニセンとカミセンの間、ぽっかりと穴が開いてちゃ、淋しいでしょ?」
「長野くん。」
「うん?」
「俺・・・・・俺・・・本当はみんなのところに帰りたくてしょうがない。」
「知ってる。」
「迷惑かけて、ごめんなさい。迎えに来てくれて・・・ありがとう。」
「どういたしまして。おかえり、井ノ原。」
ものすごくワガママだけれど、ずっといたい場所がある。どうしても捨てることのできない場所がある。許されるのならば、そう、その場所へ還ろう。そのために、何度でも謝ろう。何度でもありがとうと言おう。
握り返した長野の手は、とても安心できる、よく知った手であってくれた。背中から伝わる呼吸は、一度も乱れたりしなかった。大切にしすぎて、分からなくなっていたものが、心の中に戻ってきた。いつも何より失いたくないと切に願っていた場所を、失わずにすむらしい。こんなに素晴らしい結末が訪れるなんて、幸せで、止められない涙をすくってくれる手を、二度と離したりしない。巡ってきてくれた喜びを真正面から受け止めて、
さぁ、帰ろうか――――――――。
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