300円でイノなきに出演してくれるクワマン氏。
愛すべき人です。
出演 : 井ノ原 快彦 ・ 坂本 昌行
情けない話だけれど、いつも彼らの涙を見てやっと、気付かされる。やるべきことが自分にはたくさんあって、動き出さなければそれらの何ものも解決できないことに。たいした力などないのだから、客観的に状況を見ているだけ。きれいな逃げ口上を用意して、勝手に傷付いたと悲劇の主人公を装って、直接火の粉が降りかからない場所に誰より早く避難する。それが良くない選択だと分かるのは、失う寸前。ギリギリになって初めてその危機的状況を思い知って、自分が外側の人間でいてはいけないと、思い直す。君が待ってくれていることを、ちゃんと知っているのに。本当は寂しくて胸が張り裂けそうになっていることを、知っているのに。
大人でも子供でも関係ない。君が望むのなら、こんなに頼りない手でもいいといってくれるのなら、いくらでも差し出そう。
あまりにもメンバーに対して望んでいないから、いいかげんイライラする。半ば傷つけるような形で次々と突き離して、それがいい答えなのだと勘違いしていると、もうストレートに言わなければ伝わらない。こんな境遇に苛まれてしまったことについて、全責任が井ノ原にあったわけではないのだからそれはそれでやりようがないのだけれど、それを差し引いてもこの現実には、閉口させられた。V6であり続けることを端から棄ててしまってっているようなスタンスに納得がいかない。だからといって、一度は降りてしまった自分が大きなことを言っても説得力に欠けるだろう。だとしたら、井ノ原自身の口から何かあるのなら話せるように導くことが、今の自分にできる最善のこと。なんて正当化した言い回しで、厳しい言い方をするならば身勝手な理想論。でも、そんな矛盾した理想でも振りかざしていないと、迷ってしまうから。12年も一緒に同じグループを続けている仲間として、仮にもリーダーとして。V6の中での役割を理解して、全うしてくれるのは素晴らしいこと。おかげでみんな、明るくて穏便な日々だし、グループとしても円滑。ただ、見えている限りでは井ノ原はまるで、それ以外の部分をすべて蔑ろにしているとしか判断できない。どんな要因がそうさせているのか、こうなっていることを知ってしまった以上、やはり本人にはっきりと聞くべきなのだろうと、坂本は強く確信した。
自宅マンションを訪ねると、井ノ原は坂本をにこやかに迎え入れてくれた。あまりに殺風景な部屋。ものがたくさんありすぎる部屋だと公言までしていたとは、到底思えないものの少なさ。もうすぐいなくなると、宣言しているかのよう。灰皿とビールを坂本に手渡した井ノ原は、困ったように笑って自分もビールを開ける。冷蔵庫には、ビールとミネラルウォーターしか入っていなかった。井ノ原の表情を見ていると、言いたかったことをすべて飲み込まなければいけないような気分になる。でも今日は言うのだと心に決めてきたから、絶対に怯んでなんかやらない。坂本はビールを一気に呷ってのどを潤し、まっすぐに井ノ原に向かった。
「もうやめよう。」
そう言われた井ノ原は、ビールを一口飲んだだけで、じっと坂本を見て、見るといっても目は合わせられなくて、視線は不安定に彷徨う。
「ストレートに聞くぞ。何があった?」
「何もないよ。」
坂本のあまりの真剣さに、井ノ原は少し苦笑してまたビールを一口飲む。リーダーとしての責任感が坂本をそうさせているのだと判断していた。ただ、クールなふりをするくせに、隠しきれていないその熱さは、どこからくるのだろうかと思う。
「いいから話せ。」
本題には決して触れようとしない井ノ原に少し苛立ち、続けて強い口調で言ってみる。すると何も言わずに井ノ原は、傍らに置いていた自分のかばんを物色し、手帳に挟まった一枚の紙を取り出すと坂本に手渡した。それは、
「写真。」
デビュー当時に撮ったもの。井ノ原はそれを、几帳面に持ち歩いていたらしい。
「それがあれば、いいよ。」
「意味、分かんねぇ。」
「生きてた証にその写真が残るから、いいんだ。」
「何だと?」
「大人なんだし、自分で撒いた種は自分で刈り取る。」
「力になれることがあるはずだ。」
「また甘やかす。俺はもう、おチビの井ノ原じゃないんだから。」
「はぐらかすなよ。なんでも簡単に隠し通せると思ってるところが、甘いんだ。おチビのままだな。少しも変わってない。」
「そぉ?」
子供と大人のケンカみたいに、井ノ原は坂本を軽くあしらおうとしているし、坂本は頑として井ノ原の言い分を認めない。そんな平行線の会話を断ち切ったのは、深くて冷め切った坂本のため息。思い当たる過去の中ではいつだって、大きな心で優しく強く立ちはだかってくれていた人の纏う、なんとも形容しがたい雰囲気に、井ノ原は言葉をなくした。といって、あくまでこのことについて坂本とはまったく話す気はないが。
「あんま、見くびんなよ。」
今日は何があっても引かない。ビールを流し込みながらぐるりと改めて部屋の中を見渡す。本当に何もない。すぐ近くまで迫ってきている瞬間を察知して、棄ててしまったのだろうか。その無機質な部屋の中で、浮いたように目立っている青いラックに目が留まった。置かれている物の数に対して明らかに大きすぎるアンバランスな物。スタイリッシュなデザインとは協調のかけらも見せない、おもちゃたち。竹とんぼ、ベーゴマ、メンコ・・・
「なぁ、よしはるって誰?」
すべてのおもちゃに書かれた名前。井ノ原のものではない名前。
「俺だよ。」
「は?」
「なーんてね、ウソ。誰なんだろう。坂本くんは、誰だと思う?」
言いながら竹とんぼを手に取って、優しい視線でそれを捉える。心から愛でるような、とても穏やかな表情を作っている。よく知った表情。年下のメンバーを見守っているときと同じそれ。
「誰であって欲しい?」
坂本の質問を合図にしたかのように、急転して険しく歪む表情。荒っぽくテーブルに放り出された竹とんぼ。井ノ原にとって、芳しくない何かが絡んでいる?
「嫌なヤツだったり、するのか?」
控えめに聞いてみれば、
「帰ってくれ。」
たった一言の答えになっていない返事で片される。らしくない。ビールを一気に呷って、その空き缶を握りつぶしたと思ったら床に投げつけて。しかも冷蔵庫からすぐに新しいビールを出し、少し口を付けると大きな音を立ててテーブルの上に置いた。
「帰れよ。」
そんな言い方、普段の井ノ原ならしない。
「もう、いいんじゃないか。独りでがんばらなくても。」
「独りでがんばることもできない俺に、何の価値がある?」
「俺にとっては、大切な仲間だ。」
「それだけじゃダメなんだ。坂本くんの気持ちは嬉しいけど、ダメなんだよ。応えなきゃ、裏切ったことになる。」
「誰を、裏切ることになるんだ?」
「いろんな人。」
「例えば、よしはるとか?」
「うらぎりものは、しぬんだよ。ユダみたいに、わるものだからしぬんだぁ。」
「ヨシ?」
「よしなんて、しねばいい。おじいちゃんのたからものは、よしのじゃないもん。」
「いいかげんにしろ。死ぬとか簡単に言うな。」
坂本のその言葉で、井ノ原の表情は急激に強張った。
「やっぱりおとーさんも、よしのことすてるんだ。」
「今はそんな話、してないだろう。」
「だってっ、おかーさんいなくなったもん。いいかげんにしてよっていったあと、しらないおとこのひとといなくなったんだもん。」
「そうなのか?」
「いまのおとーさんみたいに、まゆげとまゆげのあいだが、きゅーってなってた。よし、いらないこだから、だからみんないなくなっちゃう。」
何もしてやることができないなんて、そんなことは絶対にない。坂本が思考を逡巡させて、思い出したのは数日前の出来事。自分が長野と井ノ原に迎えにきてもらったときに、してもらった。井ノ原の腕に自分の腕を絡ませて、ぎゅっと引き寄せる。
「一緒にいよう。」
「おとー、さん?」
「お前は自信を持って思い込んでいればいい。何があっても、絶対に一緒にいようと言ってくれる人が、待っているのだと。変わらず、こうして手を差し伸べてくれるのだと。」
坂本は井ノ原にぐいと詰め寄り、目を見て告げる。ずっと言いたかった。本当は、煩わしいワケない。大切なのだ、とても、とても。
「俺は坂本くんを、V6を失いたくない。」
「知ってる。」
「だから、ごめんね。」
井ノ原は泣き出しそうになるのを堪えて、全力で坂本の腕から逃れた。
「本当に、ごめん。」
謝らなくてもいいから、一緒にいればそれでいいから。死ぬことなんて選択肢に入れずに、笑って毎日楽しく生きていればいいから。とは、どうしてだか言えなかった。
「お前はどんなことがあったとしても、V6の井ノ原快彦に変わりないんだぞ。」
必死でやっと、言った。すると井ノ原はふわりと笑って、首を左右に振っただけだった。
いい子にしてたのに、笑ってくれないのはどうして?
わがまま言わなかったのに、笑ってくれないのはどうして?
何も欲しいと望んでいないのに、笑ってくれないのはどうして?
たくさん我慢しているのに、頭を撫でてくれないのはどうして?
泣かなかったのに、頭を撫でてくれないのはどうして?
がんばってるのに。
こんなにもがんばってるのに。
なのに、いらない子だっていうのはどうして?
何をすれば褒めてくれるの?
何を言えば褒めてくれるの?
どんな子になれば、捨てないでいてくれるの?
教えてくれたら言うとおりにするから。
だから、お願いだから、捨てないで。
いらない子だといって、捨てないで。
答えが分かったんだ。
お父さんの前から、いなくなればいい。
死ねば、笑ってくれるんでしょう?
死ねば、褒めてくれるんでしょう?
死ねば、頭を撫でてくれるんでしょう?
死ねば、残した影でさえ求めてくれるんでしょう?
死ねば、その骸を必要としてくれるんでしょう?
死ねば、一緒にいてもいいんでしょう?
だったら迷わず、死を選ぶよ。
だってお父さんのこと、大好きだから。
みんなのこと、大好きだから。
独りぼっちは、イヤだから。
お父さんは、笑ってね。
長野くんは、笑ってね。
みんな、笑ってね。
いらない子がいなくなれば、幸せになれるよ。
いらない子は、死ぬよ。
もう幸せを妨げるものは、なくなるよ。
これで、みんな喜んでくれるんでしょう?
みんな、幸せだと笑ってくれるんでしょう?
井ノ原は思う。どうして、自分は上手に誰かを幸せにすることさえ、満足にできないのだろうかと。周囲の大切な人を暗いほうへと、引きずることしかできないのかと。自ら切り離してしまった繋がりを、修復してくれようとしてくれた人たちがどうか、これからは笑顔に暗い影など帯びることのないように、光ある道を歩いていけるように。二度と通い合うことがなくても、絶えることなく祈っていると誓った。
もう失って痛みを感じるものは、残っていない。
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