久しぶりに、あの人がしゃべります!
出演 : V6
優しい優しい嘘を聞いているだけで、そのやわらかさとは真逆に、じわじわと真綿で胸を締め付けられるような気分になった。芸能人というスキルを持っていて良かった。と思ったのは、話を聞きながら井ノ原のことを思い、泣き出しそうになるのを堪えることが困難ではなかったからだ。長野は終始、笑顔で相槌を打つ。それがこんなにも苦労を伴うなんて、なかなかできない経験。まったく知らなかったこととはいえ、大切な人を蔑ろにしてしまったような、嫌な気分に陥ったのは言うまでもない。
いなかの小さな町では、プライバシーなんてないに等しい。元校長先生というほどに名の知れた人間のことならば、なおさら。次々と飛び出してくる情報は、思考回路を破壊してくれそうなほどに衝撃的だったり、つい笑みがこぼれてしまうほどに微笑ましかったり、心底どうでもよかったり。その話の登場人物に含まれている井ノ原は、とても町の人たちに慕われ、よくしてもらっていたらしい。嬉しいことだ。だから壊れてしまったとき、とても悲しい日が何日も続いたと、曇った表情で言われた。たくさんの乱暴な言葉を吐き捨てる大人たちが、慇懃無礼もはなはだしく踏み荒らしていったのは、井ノ原の澱みない笑顔だったと。
ロケから10日もたたないうちに、その家を井ノ原は訪れた。ずっと昔から本当の家族だったかのように、老人と子供と青年は、楽しい日々を過ごすことになる。お気楽なアイドルの気まぐれだという声も、聞こえていたのは始めだけ。瞬く間に、テレビでしばしば見かけるアイドルの井ノ原快彦でなく、近所に住んでいる悪ガキの井ノ原快彦という認識に変貌する。6歳の子供と同じ目線で遊びまわるから、同じレベルのいたずらをして叱られたり、同じような遊びで本当に無邪気に笑ったり。ポジションはよく分からない。けれど確かなことは、そこに心安らぐ居場所が存在するということ。まるで自分の還る場所であるかのように、とても頻繁に来ていた。長野も坂本でさえも知らなかったこと。三宅は少し知っていたこと。ただ、こんなに幸せな時間は望むままにずっと続いてはくれなくて、ある日、何の前触れもなく途切れる。孫である少年が、亡くなってしまうという事態を引き金に。
「よしはる、今日は一人で来たのかい?偉いなぁ。」
息子と孫を同時に亡くすという悲劇に見舞われた老人は、惚けてしまった。葬儀のごたごたが片付いた頃、井ノ原が訪れてみると「よしはる」と、井ノ原を孫の名前で呼んだ。誰もが人違いであることを説明したが、本人は譲らず、井ノ原は受け入れてしまう。孫のよしはるとして、共に過ごし続けることを。必死で6歳の少年を演じている井ノ原は、誰の目から見ても痛々しかったとは、傍観者たちの意見。ただそれは、その人が亡くなるまでの半年ほどだったようだが。そもそも家の裏手にある墓は妻のために建てたもの。急速に惚けてしまうほど独り身が寂しかった気持ちは分からなくもなく、町の人たちの気遣いも助けて、結局2人して辺鄙な山の中に眠ることがいいだろうということになった。老人と井ノ原の関係は本当に密度の濃いものだったようで、息子以外に連絡を密にする親類縁者のいなかった老人が井ノ原に残してくれた大問題が、今回の騒動のきっかけ、宝物。
宝物が何であるかまでは、誰にも分からないことだった。ただ、町の人たちの邪推が飛躍に飛躍を遂げ、いつしか井ノ原を遺産を横取りしようと目論む悪者に仕立て上げ、それらの噂と想像を総合して答えを出すとしたら、その老人がなぜか血縁関係など一切ない井ノ原に残した、何かしらの財産だということになるのだが。
「井ノ原は巻き込まれたんだ。」
町の人たちに片っ端から聞いてきたという話を書き出したルーズリーフの上に、カランとボールペンが転がる。長野には理解出来なかった。自分が隠し持つほど大切にしていた宝物を、たとえ死んでしまった後とはいえ他人に譲る老人の気持ちが。確かに井ノ原は優しかったかもしれない。わざわざ時間を裂いて、孫の役を演じるために延々と離れた辺鄙な田舎町にまで足を運んでくれたかもしれない。けれど宝物は、重すぎるから。何かは分からなくても、遺産という名前がついてしまっては、他人が容易に背負えるようなものではない。
「例えば、その宝物が遺産やったとして、『最後の晩餐』の中に何を隠したんやろ。」
転がされたボールペンで、最後に書かれた「宝物」のフレーズを幾重にも丸で囲みながら、岡田が至極当たり前に疑問を口にする。それに対して、長野は苦笑を交えて答えた。
「あの家、家が建っている土地、周辺一体の山、廃校になった中学校。それが立っている土地、近所の人が借りてる田んぼや畑の一部。全部、あのおじいさんの名義なんだってさ。」
「それは、スゴイな。」
「そ、すごすぎるんだよ。多分、権利書とかの類が隠されてると思うんだけど、井ノ原がそういうものに目がくらむなんて考えにくい。となると、他にも何か、ある。」
「やろうね。」
ここ数日、井ノ原のことを話し合うために会うことが常となった長野と岡田。今日も今日とて同じ理由で顔を付き合わせる。長野が聞けるだけ聞いて集めてきた情報は、2人の思考を一層ややこしい方へと誘った。
「ずっと決めとったんかなぁ、宝物をよしはるくんに遺そうって。」
「分かんない。息子だっていたわけだし。」
新しいことが分かれば新しい疑問が生まれる。堂々巡り。
「いのっちってさ、坂本くんをお父さんって認識したんは納得いくけど、よぉ博のこと、お母さんって思わんかったことやな。」
「冗談やめてよ。息子を放り出して、男と出て行く母親なんてイヤだから。」
「お父さんも大概やけどね。いい年してアマチュアバンドやりながら、アルバイト生活なんて。結婚してるし子供もおるのに。」
「人気はあったらしいよ。歌もうまいし、パフォーマンスもすごく凝ってるって。」
「けどさ、バンドとアルバイトでいっぱいいっぱいになって、子供は実家に預けっぱなしやったんやろ?アカンやん、父親として。そら奥さんも愛想尽かすって。」
「最後には無理心中しちゃったし?」
「そう!意味分からんわ。」
息子と孫を老人が同時に失う羽目になってしまった理由は、無理心中である。借金を多額に抱えて首が回らなくなった上に、ライブにも恐い職業の人々が妨害に足を運ぶようになったため、結果としてそういう道を選んでしまったようだ。息子を巻き込む神経を疑うというのが正論だが、長野は少しだけ思った。幼い子供を独りだけ残してしまうことに、罪悪感があったのかもしれないと。まぁ、想像の粋だが。
「行き詰ったね。」
「やな。」
2人の主観を戦わせても、何も真実は浮き上がってこない。深いため息のユニゾンを以って、この日の話し合いはお開きとなった。
本当はたくさんの話を、聞いてもらいたかった。
メンバーのことが大好きで、四六時中一緒にいたって足りないくらい求めている。自分が出会った出来事を話したいし、メンバーが出会った出来事を話して欲しい。なのに、今回はまったく逆を選んでしまって・・・・・後悔はしていない。みんなそれぞれに忙しい身であるし、無駄な心配事は増やさないに越したことはないから。ただ、無性に寂しくて、泣きそうだ。ときどき、深い意識の裏側から見える坂本に甘える6歳の人格が、うらやましくて仕方なかった。長野と岡田に優しくかまってもらっている様子が、どうしようもなくうらやましくて、あまりにもヘタクソに立ち回ることしかできない自分を、大嫌いだと思った。大嫌いな自分を心から鬱陶しく思って、そう、こんなにダメな人間は消えてしまえと。いつかダメな雰囲気をみんなに感染させてしまっては、それこそ取り返しがつかない。だったら排除しなければと思った。だから、離れることを選んだのに。なのに、この寂しさはどうしたものだろう。
(今日の収録、行きたくないな。)
手帳のページを指でなぞった。久しぶりに6人が揃う日。そろそろ家を出なければ間に合わなくなりそうだという時間。井ノ原はまだ、上着も着ずにリビングで頭を抱えていた。個々の活動に重きが置かれるようになった最近、メンバーと顔を合わせないのは助かると思うようになってきた自分は、ワガママな人間だ。寂しいと泣き喚きそうな勢いなのに、会いたくないという気持ちも存在してしまって。今年もコンサートの予定が押さえられ、大好きなその仕事が一番嬉しいことのはずなのに、6人で話し合って大きな一つの結果を生み出すという作業が、今は恐い。いつ坂本が、マネージャーが、そろそろコンサートの話でも。などと言い出すのではないかと考えると、気が気でなくなるのだ。自分のせいでメンバーをかき乱したくない。
(収録、中止になったらいいのに。)
独りを望むのは悲しいことだとよく知っている。他のメンバーがそんなことを望んだとしたら、真っ向から全力で、それを阻止したくて手を差し伸べるだろう。
(ホントに、死ねよって感じかも。)
もっとそばに。もっと遠くに。
余ったから、おすそ分け。笑顔でそう言いながら差し出されたチョコレートの箱は、封の切られていない新品だった。スルーするつもりでいたのに、無理矢理に三宅のかばんを開けてまで箱を押し込んだ岡田は、普段ならばめったにお目にかかることのできないような、強い緊張感を纏った表情をして、かばんに突っ込まれた手は小刻みに震えていた。上ずるような声で、先に行ってる。といって小走りに行ってしまう背中を見て、思う。随分と小さくなっている気がすると。カバンから押し込まれたチョコレートを取り出すと、箱は人肌に温められていた。たったこれだけのことをするのにも、一生懸命だったのだ。少し前に浴びせかけた言葉は、きっと岡田を傷つけただろう。けれど届ける方法がそれしかなかった。井ノ原のことですっかり疎外感を味わってしまっている自分の素直な気持ちを。
挨拶をしたけれど、蚊の鳴くようなか細い声しか出せなかった。楽屋には岡田と長野、森田がいたけれどそれ以上の言葉を交わすこともなく、一番隅の椅子に座って、携帯を弄り始める。さっき岡田に押し付けられるように貰ったチョコレートは、どれくらい長い間、手の中にあったのだろうか。少し溶けていて、いちご味のはずなのに、苦く感じた。坂本は三宅が来てから程なくしてやって来たが、荷物と上着を置いただけですぐに出て行ってしまう。時計を見た。本番までにそれほどの時間の余裕はない。なのに、楽屋に姿を見せないのは、井ノ原。誰もその頃には触れないけれど、気にはなっているはず。いくつもの視線が、入れ替わり立ち代り、他のメンバーの目を盗むようにドアに向けられていることは、明らかだから。三宅も鏡越しに何度かドアを見た。坂本がそろそろ時間だとみんなに声をかけるために開けるまで、終ぞ開かれることはなかったけれど。
5人でスタジオに入れば、井ノ原はすでにそこにいて、スタッフや共演者と談笑中。ちゃんと衣装を着て、メイクも済ませている。衣装にまで気が回らなかった。井ノ原は早めに楽屋に顔を出して衣装に着替え、メンバーと顔を合わせる前にスタジオに来ていたらしい。荷物や私服はどこに置いているのだろうか?どうしてそこまであからさまにみんなを避けるような行動をするのだろうか?それを誰も指摘しないのは不自然だ。次々と言いたいことは湧いてきたのに、すべて飲み込んだ。本番前に、他にたくさん人がいる前で声をかけて、うまく会話を成り立たせることができなかったらどうしよう。と、不安になったからだ。お客さんに笑顔で会釈なんかをしながら、言われたとおりの場所に座る。運悪くというかなんと言うか、それは岡田の隣りだった。
「チョコレート、溶けてへんかった?」
おもむろに小声で話しかけられて、心臓が跳ね上がる。
「ちょっと、溶けてた。」
「そっか。ごめんな。」
がんばって話しかけてきてくれた岡田に、三宅はどう答えればいいのか分からず、短くチョコレートが溶けていたというだけで精一杯だった。いいよ、ありがとう。そんな他愛のないはずの言葉は、何かに押さえつけられたように出せないまま、喉の奥に引っ込んでしまった。格好悪いと表現できるほどにぎこちないV6は、続くことに意味があるのかさえ疑問な気がする。大好きだったはずのメンバーが、なぜかのっぺらぼうに見えた。自分に言い聞かせる。省かれたことに傷ついているのだ。距離を遠退かせたのは、みんなのほうだと。
滞りなく進んだ収録は、予定通りに終わった。それぞれが次の仕事があると言って、さっさと帰ってしまう。今日の仕事はこれで終わりということで、楽屋でダラダラと時間を消費していた三宅。同じように楽屋のソファに沈むように座って動かなかった森田。ふと、沈黙を破ったのは珍しくも森田だった。
「お前、おかしくねぇ?」
「そう?普通じゃん。」
努めて軽い調子で答えれば、いつになく真剣な、まるで睨みつけるような視線を向けて、森田は大きな音を立てて目の前にあったテーブルを叩きつける。
「ホントに?」
すべて見抜かれているような気がして胸はバクバクと鼓動を早めていたが、三宅は笑顔さえ浮かべて、明るく答えておいた。
「普通だよ。いつもと何も変わんないし。」
「あっそ。」
そっけない返事に、少し拍子抜けした。森田はそれ以上は何も言わず、小さく「お疲れ。」と呟いて帰っていった。思わず漏れる大きな吐息。急に襲い掛かってくる言い知れぬ不安。森田は自分側の人間だと思っていた。違うのか?同じ想いを心に宿らせていると勝手に、勘違いしていただけ?確かめることは恐いからしないけれど、だとしたら、自分は滑稽だ。鏡に向かって、いつも通りを意識して笑ってみた。映る自分の表情を見て、三宅は言う。
「アンタ、誰?」
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