長編を書け!というツッコミが聞こえてきそうですね(苦笑)。
久しぶりにSound ScheduleのCDを聴いていたら、書いてしまいました。
相変わらず暗い暗い話です。
出演 : 井ノ原 快彦 ・ 坂本 昌行
教会の窓を見上げた。鐘が鳴り響く。
アパートの裏に、古びた教会がある。近所の子供たちが庭に侵入して遊ぶ姿は見れども、その扉や窓が開かれているのを見たことはない。人の気配はなく、灯りがさすことも、時計塔に設置された鐘の音が響くこともない。坂本がこのアパートに越してきて3年が経つが、一度たりとも。もう廃業してしまったのだろうか。教会の名前の書かれた看板らしき木の板は、朽ち果てようとしていた。神様のいない教会は、ただの廃屋。
これといって信教があるわけでなく、ただ不気味に佇むその教会に興味などなかった。ただ、西洋のホラー映画を想像させる存在は、夜ともなれば見事にテンションを下げてくれるが、君子危うきに近寄らずだと、見て見ぬふりをしていた。
仕事が終わって帰宅するのは、9時か10時か。人通りもあまりない道は、引ったくりや通り魔に遭遇しても助けてくれる人が都合よく現れることはないだろう。ある程度のハプニングならば自分で対処するのかもしれないが、どうすればいいのか分からないのは、人外の出来事。必ず教会の前を通って帰るという道順だが、前を通るたびに思う。何かが棲み着いていたらどうしようか、と。いい年をした大人の男がだらしないと笑われるかもしれないが、恐いものは怖い。ちょっとした木々が風で揺れる音にさえも、身を強張らせていた。
その日は終電で帰宅する羽目になった。上司が大事なMOを1枚紛失してくれて、部内の人間が総動員で捜索活動に借り出されたからだ。無事に近所のコーヒーショップの忘れ物として発見されたものの、店から連絡が来たのが9時半過ぎという時間で、それまで社内を家捜しするという無駄な労力を消費させられて、坂本は疲労困憊を味わっていた。早く帰ってベッドに直行したい。そんな気持ちが歩く早さを増幅させる。あまりに疲れすぎていたから、その日に限っては頭の片隅にも存在がなかった。必ず前を通る、古びた教会の存在。
「ドサッ。」と何か重さのあるものが落下する音が響いて、ビクリと肩を竦める。足を止めれば、そこは教会の前。出た。ついに出た。早く走って逃げようと心はサインを出しているはずなのに、恐怖が勝って足が踏み出せない。見たくないものが視界に入れば、もうアパートに帰っても恐怖心を払拭できなくなるだろうと、目を反らそうとするが、それもできず、捉えてしまった。教会の庭に蠢く影。何がいる?こっちに気付くな。必死に頭の中で祈りながら、目で影を追う。ふと光が差した。雲が切れ、月がのぞいたらしい。その光に照らされたのは、一人の青年だった。
月光を浴びて教会を見上げるように膝をつき、祈りを捧げる青年。その神秘的といっても過言ではない光景に、いつの間にか消えていた恐怖感。坂本は見つめる。全体的に線が細いせいか、やけに儚く見える。時折、何かを呟きながら見上げるのは、ステンドグラスの施された2階の窓。祈り、もしくは罪を告白しているのか。夜に、しかも人気のない廃墟のような教会の庭を選んでいるのだから、全うな人間ではないのかもしれない。その青年について考えて、ふと坂本の思考を嫌なものが過ぎる。凶悪な犯罪者だったらどうしよう。このまま見ていたら、自分も巻き込まれてしまうのではないだろうか。急に恐怖感が戻ってくる。そもそも、こんなところで教会に侵入した他人を眺めていられるほど、余裕のある時間ではない。日付は変わってしまっているし、明日も会社はある。一度は目を奪われた光景を切り離すべく、くるりとアパートへ方向転換した。途端、これまで一度だって鳴ったことのなかった時計塔の鐘が、大きく響き渡ったのだ。高らかに、澄み渡るような、神聖という表現が相応しい音色。思わず、教会に視線を戻してしまう坂本。そして、ぶつかった。ゆっくりと顔を上げた、青年の視線と。
お互いが激しく動揺した。意味もなくあたふたと動いてカバンを落としてしまった坂本、焦ったように走り出し、門を乗り越えようとして足を踏み外し、庭へ転落した青年。それぞれの状況があまりにコミカルで、次の瞬間、2人は思わず笑い出す。深夜の町に、ひときわ明るい空気が生まれた。
「あの、ご近所の方ですか?」
青年が坂本に尋ねる。
「そこのアパートの住人です。あなたは?」
坂本はあっさりと答えてしまい、青年に尋ね返す。
「人殺しの井ノ原です。」
空気が、凍りついた。
蔦に覆われた柵を挟んで、対峙する坂本と青年。坂本は恐怖感と戦い、青年は満面の穏やかな笑みを湛えている。先に口を開いたのは、青年のほうだった。
「この教会、友達のお父さんが神父さんだったんです。でも、友達が病気になって、それが治らないと分かって、おじさんは神父を、神様を信じることをやめた。もう随分昔の話。その友達を、さっき俺が殺してきた。だから、人殺し。」
「どうして、殺した?」
「殺してくれって頼まれたから。もう入院とか、治療とか、治らないって分かってるのにそういうことするの、疲れてたんだ。ここ半年くらい、毎日頼まれてました。もう殺してくれって。自由になりたいんだって。すごく迷ったけど、さ、その友達、病気になってから初めて俺の前で泣いたんですよね。頼むから、殺してくれって。」
「だから、殺した。」
「すごく安らかに、笑顔で、眠るように終わりました。こんな結末になったってことは、やっぱり神様は友達を見放したってことなんだと思います。けど、もしも少しでも、友達の事を見てくれていたのなら、すごくがんばったから、だから、天国にいけますように。って、天国で幸せになれますように。って、頼もうと思って。」
そこで言葉を切ると青年、井ノ原は手にしていたビニール袋から、ペットボトルを取り出し、のどを潤す。500ミリのペットボトルを一気飲み。そして、教会の窓を見上げた。
「俺の命をあげるから、だから、どうか・・・・・」
カランと音を立てて、落ちるペットボトル。それを追うかのように、倒れこむ井ノ原。
「おいっ!」
思わず作を乗り越えて、坂本はそれまで恐れてやまなかった教会の敷地の中に、あっさりと侵入を果たした。駆け寄れば、井ノ原の呼吸は浅く荒い。
「鐘が、鳴った。神様に俺の声が、聞こえたんだ。」
「お前っ、どういうことだ!さっきのペットボトルか?」
「ピンポーン。即効性の毒を飲んでみました。本当にすぐに、効くんだね。」
「そんなことしてっ、友達が喜んでくれるとでも思ってるのか!」
「知らない。でも、アイツが幸せになれば、それで、いいよ。」
「バカか!じゃあお前は、いつ報われるんだ!」
「報われなくて、いい。人殺し、だからね。」
「助けたんだろう?友達の願いを、叶えたんだろう?」
「そう、だね。」
「だったら・・・」
「泣いてる。あなた、優しい人、ですねぇ。きっと、神様のご加護が・・・・・」
再び、鐘が鳴り響いた。今度は何度も、何度も。月光が照らす井ノ原の表情は、とても幸せに満ちた生涯を送った大往生の老人のように、安らかだった。
神の加護?そんなものが存在するのなら、どうして井ノ原はこんなに悲しい結末を迎えなければいけなかったのか。鐘が鳴ったところで、何がどう好転するでなく、通りすがりの赤の他人であるサラリーマンに看取られてひっそりと終焉を迎えた井ノ原のために、涙を流したのは、坂本一人だけ。神様なんていないのだから、祈っても仕方ないのだ。そう思わされるような、悲しい夜だった。
アパートの裏に、古びた教会があった。庭は近所の子供たちの恰好の遊び場で、教会としての機能を果たしているのを見ることは、終ぞなかった。今にも朽ち果てそうだったその廃屋は、神様が見ていたのかいなかったのか、たった一人の悲しい青年を救うことさえできず、取り壊された。時計塔に設置された鐘の音を聞いたけれど、それは心に虚しさを残しただけで、ちっとも神聖だとは思えない代物。例えばそれが神様からの井ノ原の返事だったのだとしたら、なんと残酷な返事だったのだろう。友達の幸せを心から願った人間に対する、侮蔑に値する。
坂本は変わらず同じアパートに住んでいる。教会が取り壊された場所は、児童公園になった。残された大きな椎の大木の下に、井ノ原を偲んで花を手向けるのが習慣になった。あの夜の鐘の音は、誰にも聞こえなかったらしい。
誰も知らない、サラリーマンと優しい青年の話。
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