今年中に完結と言っておきながら、ここまでで今年が終わってしまいました。
大変申し訳ありません。
来年もがんばって、何とか早い完結にこぎつける所存です。
出演 : 井ノ原 快彦 ・ 長野 博 ・ 坂本 昌行
岡田 准一 ・ 三宅 健
開き直ったのだな。と思う。露わにされた二面性は、逆に手に負えない。明るくて元気で人懐っこい性格と、敵意むき出しで、自分のテリトリーには誰も入れないとストレートに主張する性格。6歳の井ノ原に久しく会っていないおかげで、正直、心が少し休まった。プライベートが充実して、精神的な余裕が生まれる。週一のラジオ収録に来ている坂本は、渦中の人物を冷静な目線で見ていた。もう一人も同じなようで、この前の夜の様子なんて嘘のよう。ある程度の距離を置いてみて、気持ちが軽くなったらしい。つまり、その負担はきっと、今は末っ子にすべて圧し掛かっているのだろうと思うと、少し罪悪感を感じなくもないが。
挨拶、打ち合わせ、収録、挨拶。以上が、坂本、長野と井ノ原が今日交わした会話。スタッフには愛想良く、2人に対しては社交辞令とも取れそうな挨拶程度で早々に帰ってしまった。そのことについて騒ぎ立てるのも面倒になっていた坂本は、次の仕事があるにもかかわらず、自販機の前でのんびりとミルクティを飲んでいる長野に声をかけた。
「お前、この後テレビなんじゃねぇの?」
長野は慌てるでもなく、ゆったりと備え付けの椅子に腰を降ろす。
「そうだよ。井ノ原と一緒にね。」
大丈夫なのか?なんて優しげな言葉を、少し前の自分なら言っていたと思う。けれど、今はそんな言葉を言おうという気は、まったく起こらない。
「ま、がんばれよ。お疲れさん。」
あっさりと話を切り上げると、長野が静かに問う。
「ねぇ、それはもう、降りるってこと?」
「俺は関わるのは止めますってこと。」
降りる。というほど割り切ってはいない。とにかく、今回の井ノ原の件について、一線を引く。それだけのこと。自分が一番分かっている。中途半端だ。仲間として、リーダーとして。
久しぶりに見た。もう二度とお目にかかることはないと思っていた姿。ダメだと判断して、投げ出そうとしている。リーダーを辞めるとか、そこまで切羽詰った話ではない。井ノ原のことについてはお手上げだということ。坂本が井ノ原を見放すなんて、薄々いずれは来る事態だろうとは思っていたけれど、何となく、寂しい気がした。自分から坂本を引き離すようなことを言ったのに、都合がいいことを考えている。ただ、なんとなく、あの日の夜に坂本は
「俺も一緒に探す。お前や岡田が何を言っても、一緒に探すからな。」
なんて宣言をしたばかりなのに。と思ったりしている。メンタル面が弱いことなんて、長年の付き合いで知っていた。坂本はV6をひとつに束ねるために頑張ってきたが、そこには井ノ原や長野の助けがあったことが少なからず関係していて、最近では6人のきちんとした仲間というカタチが何の気を回さずとも形成されていたから、できた心の隙から緊張感を崩されたのかもしれない。突然降りかかってきたトラブルに拒絶反応を示すのも、ぬるま湯に慣れてしまったせいだ。
(一番に、逃げますか。)
今、井ノ原の事情を知っていて動けるメンバーは、実質、長野と岡田だけ。三宅は外側から眺めることを選んでしまった。森田はどうだろう?長野はじっと自分の手を見つめる。答は浮かび上がって来ない。
電話を切るなり、盛大なため息をついてしまった。あの夜の態度に、腹を立てている。一番年の離れたメンバーにあんな風に言われたのだから、無理もない。おそらくそれまで、長野と2人でとても必死で乗り切ってきて、苦労なんて単語では片せないほどに頑張ってきたはず。久しぶりに見た。あの人は、自分から棄てたのだ。綺麗な言葉で覆い隠してきた現実を、その同じ手で壊して逃げ出した。だから言った。
「俺に聞くな。俺はもう、降りたんだ。」
躍起になって大丈夫だと周囲の人たちが思ってくれる世界を作るくせに、思い通りにいかなくなったら投げ出して。そうだ。昔からそうだった。あの時と同じ。弱い自分を守るために、途中で降りる。降りて人に押し付けて、自分は自分に都合のいい場所へ避難する。だったら始めから関わらなければいいのに。始めから、見過ごせばよかったのだ。所詮、他人事なのだし。また自分だけ逃げ出して、誰からも責められないように悲劇の主人公を演じるの?
(何度同じことを繰り返せば、満足するん?坂本くん。)
必要最低限にしか言葉を交わさない距離感は、今の彼にとって居心地がよかったらしい。求められることはなかったけれど、拒否されることもなかったから。
「じゅんちゃん、よしのくれよん、なくなっちゃった。」
だから見落としていたことに気付いたのは、随分経ってからだった。クレヨンを使い切ってしまったからと言われて、箱を見れば色とりどりのそれは存在している。ただ、たった1本だけ、黒いクレヨンだけはなくなっていた。黙って描き続けていた絵はすべて黒かった。人も、風景も、何もかもすべて黒。そして、そこに描かれている坂本にも長野にも岡田にも、人間と思しきものすべてに、顔がない。大量生産されたのっぺらぼうは、今、彼自身が見ている真実。みんな自分から目を逸らしていることをちゃんと知っていると意思表示する代わりに、そんな悲しい絵を描き続けていたのだ。
「よしくん、お買い物に行こか。」
「いかない。」
「なんで?新しいクレヨン、買いに行こ。」
「いらない。」
「お絵かきするのに、いるんと違うの?」
「なにもいらない。ほしいなんていわない。よしはいいこだもん。いいこはなにもほしがっちゃいけないんだよ。ほしがったら、すてられるんだよ。」
「捨てへん。やから、行こう?」
「いい。」
きゅっと口を真一文字につぐんで、強い目で岡田を見ている。それは真っ直ぐで逸らされることがなくて、強い意思が籠っていると分かった。だから、それ以上は何も言えずに、岡田は苦笑交じりに頷いた。
「よしくんは偉いね。」
そう言って頭をくしゃくしゃと撫でてやれば、安堵したような薄い笑顔。普段の井ノ原が放つ眩しいほどの元気いっぱいの笑顔とは、まったく違う。
「じゃあ、違う遊びしようか。」
「よしはほんをよむ!じゅんちゃんもいっしょによむ?」
「うん。どんな本?」
「ながのくんにもらった。てらーのべりーおのほん。」
言いながら愛用のリュックから取り出されたのは、ティツィアーノ・ヴェチェリオの画集。とんでもない分厚さで、これをリュックの中に常備していたのか。と思うと、驚く。カラーの画集は6歳の好奇心を満たしてくれるに相当するアイテムなのかもしれない。などと考えながら、一つ一つの絵に添えられた解説を見て、岡田は素直な疑問をぶつける。
「この文章って、よしくん読めんの?」
「よめない。でもながのくんがよんでくれるよ。」
2人がこの画集を一緒に開いている様子は、想像しただけで微笑ましい。長野がきっと、井ノ原にせがまれて解説を読んであげて、言葉の意味なんかも聞かれるから、分かりやすく噛み砕いて話してあげている。なんて。
「じゃあ今日は、俺が読んであげる。」
「あのね、でもこのごほんにはね、てらーのべりーおのえ、ぜんぶのってないんだ。」
「そうなん?」
「おじーちゃんのたからもの、のってないもん。」
「・・・・・それって、最後の晩餐?」
「うん。のってないんだー。」
ティツィアーノ・ヴェチェリオの作品でないものが、載っているわけがない。6歳の子らしからぬ探し物は、ずいぶん曖昧なものだ。井ノ原の言うおじいちゃんとは誰なのだろうか。その人は都市伝説のような絵を、どうして探しているのか。宝物と称するくらいだから、きっと重要な意味があるはずなのだが・・・・・
「おじーちゃん、そのえのなかにたからもの、いれたんだって。」
「絵の中?描き込んだってこと?」
「ちがうよ。いれたんだよ。」
絵の中に宝物を入れる?キャンバスを思い描いてみる。何かを入れるとしたら、二重張りにして、間に入れたのかもしれない。そんなところに入れられるもの、紙、写真か何か?重要な書類?
「じゅんちゃん、これ、よんで。」
思考を深く巡らせようとしていると、それを井ノ原に遮られてしまった。とりあえず最後の晩餐についての情報を集めないと先には進めないだろう。そんなことを考えながら、岡田はゆっくりと子供にも分かりやすい説明を交えながら、解説文を読み上げ始めた。井ノ原が抱え込んでいる問題は、思った以上に根が深そうだ。
笑顔に甘えて、それ以外のすべてから目を逸らしてきた罰かもしれない。
6人で歌番組の収録。いつもならば心地いいはずの楽屋が、嫌な緊張感を漂わせている。挨拶以外に何も会話を交わさず、てんでバラバラに座ったメンバーは、他人行儀も甚だしい。これがテレビカメラの前に出れば、一気に仲良しほのぼの6人組のスイッチを入れてしまうのだから、ある意味詐欺師の才能があるのかもしれない。三宅は井ノ原のほうを盗み見る。舞台の台本を難しそうな表情でめくっていた。あの日見たことが何だったのか、もう関わらないと決めたのに、時々考えてしまう。仕事に誰よりシビアな坂本が、井ノ原を仕事から外した。仕事に関しては絶対に妥協を許さない井ノ原が、仕事から外れた。それだけで充分に、普通じゃない。なんて、楽屋にいれば、イヤでも考えてしまって、心苦しくなってしまうので本番直前まで別の場所にいようと、そっと楽屋から出た。
といっても、行く場所なんてトイレか自販機のそばに置かれた椅子かくらいしかない。うろうろと廊下をさまよっていると、ピトリ。と冷たいものが首筋に当たる。驚いて振り返ればそこには、きっと一番、顔を合わせれば気まずい相手がジュースを片手に立っていた。
「あげる。だから、付き合わない?」
三宅の返事を待たずに、現われた気まずい相手、長野はジュースを押し付けてくる。勢いに負けて思わず受け取った手前、突き返すわけにもいかず、頷いた。本当は、何も話したくない。
「俺、何か健の気分を害するようなこと、言っちゃったのかなぁ。」
直球な質問。この間のことが、よほど響いたらしい。口調が少し弱く感じて、けれどそれは逆に癇に障った。長野はまだ、三宅が何も知らずに井ノ原の身を案じているのだと思っている。バカにされている気分。茶番劇は見るのも鬱陶しいものだが、参加させられるのはもっと鬱陶しい。本当のことを知らない無邪気な三宅健をわざわざ、演じなければいけないのだから。
「ねぇ、何か話して。」
彼女のご機嫌をうかがう、尻に敷かれた男みたいだ。
「この間、言ったとおりだよ。」
だから話を振らないで欲しい。
「あの言葉は、どういう風に受け止めればいいの?」
どうでも好きにしてくれればいいのに。
「俺には何もできないから。」
そう判断してるのは、自分たちのほうなんだろ?
「健なら、井ノ原と一緒のラインで明るく楽しい気分になれるよ。」
だから?
「井ノ原くん、そんな雰囲気じゃないじゃん。」
そこまで鈍感でもないし。
「気分転換になると、思うんだ。」
ならない。
「だったら長野くんが、遊んであげれば?」
そっちで好きにすればいい。
「俺は適任じゃないから。」
何を持って適任だなんて言える?
「俺だって適任じゃないし。」
都合のいいときだけ、巻き込もうとするのはズルイ。
「そんなことない。健とじゃれてるとき、井ノ原は楽しそうだよ。」
やめろ。
「そんなの、本当にそうかなんて分かんない。」
だからやめろ。
「そうなんだよ。井ノ原はカミセン大好きの人だもん。」
うるさい。
「それって長野くんの憶測じゃん。」
言うな。
「憶測じゃない。12年も見てたんだから、分かる。」
「長野くん、しつこいよ。俺、ちょっとムカついてるんだけど。」
いつもと違うのは、長野が言い返さなかったこと。思わず絶句して、ただ呆然と三宅を見つめている。こんな表情を年下のメンバーに見せるのは、珍しいこと。少しだけ、気持ちが揺らぐ。が、三宅は視線を逸らして、手に持っていたジュースを返す。
「パスだって、言ったでしょ。」
それ以上は長野と話すのも顔を見るのもイヤで、足早にその場を立ち去った。嘘をつくのは疲れるから、本音をぶつけて波風を立てるのは面倒だから。
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