11月中に完結と言っていましたが、12月になだれ込み決定です。
明日よりネットが一時使用できなくなるんです。
読んでくださっている皆様、本当に申し訳ありません。
必ず、ネット復活次第スピード上げて書いていきますので。
出演 : 井ノ原快彦 ・ 坂本昌行 ・ 長野博 ・ 三宅健 ・ 森田剛
雨と雷と風の音。そこには灯りがなく、自分以外には誰の存在もない。こんな天気の日だった。いや、とてもよく晴れた日だった。違う、うっとうしいくらいに分厚い雲が空で我が物顔に広がっている日。どんな日だったか、あの人は初めて、泣き顔を見せたんだ。一度だって泣き顔どころか、泣きそうな顔さえも見せなかった、優しくて強くて、笑顔の似合う人だったのに。この雨みたいにとめどなく涙を流して、この雷みたいに大きな声を上げて、この風みたいに激しく。とても早くから、心の中で決めていたのだと言った。それを話すときが、とうとう訪れてしまったと言った。この人は、最期まで信じ通して終わってゆくのだと分かったのに、どうして、その、もうすぐ訪れるであろう最後の瞬間まで、耐えることをしなかったのだろう。愚かな他人を目の当たりにしたのに、あの人は何も変わらなくて、少しだけ困った表情を浮かべて、でも、それは本当にほんの少しで、すぐに今までずっと見せてくれていた笑顔に戻って、言った。
「君に重ねてしまったから、すべてをあげようと思ったんだよ。」
一際大きな雷鳴が思考を遮断した。身体の深くて暗くて見えない場所から、狂気じみたドロドロが湧き出てくる。今ここにいるのは、どこの誰なんだ?畳み掛けるように、雷鳴は続く。洗い流してしまえば、なかったことにできるかもしれない。窓を開ければ、この雨が。緩慢すぎる動きでレバーに触れ、一気に押しながら回した。それを合図にしたように、部屋は灯りを広げた。もう稲光はくすんでしまった。雨は一斉に降り注いでいるけれど。
「何やってるんだ?井ノ原。」
真っ暗だった楽屋に入って、当たり前だが電気をつけた坂本は、窓際の光景に驚く。吹き込んでくる雨に、ただぼんやりと虚ろな視線を泳がせて濡れる井ノ原の姿。
「おとーさん、おそらがないてるよ。」
「ヨシ・・・なのか?」
ふにゃりと笑った顔はあまりにも不自然で、そこに混じりあうのは、坂本が怒ったときに見せたものとはまた違う、井ノ原の泣き出しそうな表情。6歳の井ノ原と大人の井ノ原が混在しているかのような、複雑で脆い表情。
「かみなりがゴロゴローってね、おこってる。よしはわるいこだって。」
ドアに鍵をかける。6歳の井ノ原が局の楽屋で出てくることなんて、初めてだった。メンバーやスタッフが入ってくれば、事はとんでもなく大きく膨らんでしまうだろう。そうでなくとも、井ノ原の様子は、そう、一種異様とも呼べるもの。坂本はゆっくり、慎重に近づく。
「おじーちゃんのだいじなたからものを、よこどりしちゃだめなのに。」
おじいちゃんの、宝物?
「とにかく、窓は閉めような。風邪をひいたら、長野の家に遊びに行けなくなるぞ。」
ぐっしょりとぬれた井ノ原の身体を丁寧に抱き寄せて、坂本は開け放たれた窓を閉めた。それでも井ノ原の視線は窓の外を向いたままで、冷えた身体に比例するように、冷たい口調は続ける。
「いちばんのうそつきは、よしなんだ。」
「嘘って?」
「よしがうらぎりもののユダ。ほんとうのことは、ないしょにしてるから。」
「誰かにそう、言われたのか?」
「うらぎりものは、さいごにはしぬんだよ。」
「どういうことだ?誰に嘘をついた?誰を裏切った?」
「よしはねぇ・・・・・」
その答えを遮るように、ガチャガチャとドアノブを捻る音が割り込んでくる。メンバーの誰かが来たのだろう。さっき、坂本はドアに鍵をかけた。かけておいてよかったと思う。が、このまま詰め出したままというわけにもいかないし、だからといって、この状況に居合わせられても、何をどこからどう説明したものか。一度はドアに向けた視線を井ノ原に戻せば、渦中の当人はポカンとした表情を浮かべて、坂本をじっと見ていた。
「坂本くん、何やってんの?」
そこにはもう、普段の井ノ原が存在している。確かに、普通に考えればおかしな光景。
「別に、何もしてねぇよ。」
何もしていなくもないのだが、本人が無意識に実年齢と6歳の自分を行き来しているのを、これ以上の混乱を防ぐためにも簡単に話すことはできないのだから、答えはそれしかない。坂本は井ノ原からあっさり離れると、井ノ原がびしょ濡れであるという事実は無視して、とりあえずドアの鍵を開ける。立っていたのは三宅と、よりにもよって長野。
「なんで鍵なんてかけてんのさ。意味分かんない。」
ぶつぶつと文句を言い、不機嫌そうに三宅が中に入る。勘繰るのと少し睨むような視線で長野も続くが、もちろんそこにいたのは、びしょ濡れの井ノ原で、
「ちょっ、どーしたの?井ノ原くん!傘は?っていうか車でしょ?どっか出かけたの?わ、床も塗れてんじゃん。なんかここに雨が降ったみたい。って窓開けてたとか?や、いくらなんでもおかしいでしょ。なんで雨の日に、部屋の中で窓開けて濡れるかなぁ。」
「ねぇ。」
まくし立てるように言われた三宅の言葉に対して、井ノ原は困ったように笑って、同意。まだ若干の虚ろさを残した表情は、坂本の眉根に皺を寄せる。
「それより、着替えないと風邪引くよ。タオルとか着替えとか、ある?」
「いいよ。どうせ、もうすぐ衣装に着替えるし。」
長野の言葉にやんわりと拒否反応を示したかのように井ノ原は背を向け、窓の外に視線を送る。坂本の深いため息、無言で楽屋から出て行く長野。微妙な空気は、三宅に居心地の悪さを与えてくる。いつもと違う。何かがおかしい。自分たちとじゃれあっているときと、坂本や長野といるときでは、井ノ原の雰囲気がまったく違うことはよく知っていた。ポジショニングが違うのだからそれは当たり前のことで、でも、今のこれは、そのどちらとも違う。まるで親に怒られて逆切れよろしく拗ねてしまった小さな子供と、呆れてそれを放置する親のよう。激しい違和感。土砂降りの雨の日に井ノ原が楽屋で窓を開けて濡れていた理由も、坂本がドアに鍵をかけていた理由も、聞きたいけれど聞けなかった。
「健ちゃん、俺は大丈夫だよ。着いて早々に騒がせて、ごめんな。」
そう言ってくれた井ノ原の表情は見えない。声色だけで判断するなら、いつもの笑顔だと思う。本当ならばここで、いつもどおり少しふざけたように怒って「そうだよー。井ノ原くんはいつでもどこでもウザいんだからー。」なんて言い返すべきなのだろうけど、それさえ発することはできない。ますます重くなるばかりの空気に、ここはただ黙って、立っているのが無難なのだろうと思ってしまう。
トイレに行くとでも言ってこの場から脱出しようと考えていると、戻ってきた長野がいつもの穏やかな表情を完全に消し去ったまま、井ノ原にタオルとジャージを投げつけ、坂本にモップを押し付けた。そのときに何か坂本に耳打ちしているように見えたが、それはほんのわずか。速やかな行動の中で、数ミリほどのアクション。
「井ノ原はさっさと着替える。坂本くんは床を拭く。俺は窓の周りを拭くから。」
フットワークの軽い人だ。三宅は自分だけ何もしないのも気が引けると思い、カバンを降ろして上着を脱ぐと、まだ背を向けて座り込んだままの井ノ原の元へ行った。
「何やってんのさ。聞こえてたでしょ。さっさと濡れた服、脱ぎなよ。あ、俺に脱がせて欲しいとか言わないでよね。ほら、髪もふかなきゃ。」
言いながら井ノ原の頭にバスタオルをかけ、腕を引いて立たせる。ただその場で立ち上がるだけなのに、井ノ原が酷くぐらついたのが気にかかった。
「なんだぁ。待ってたら健ちゃんが脱がせて着させてくれると思ったのにー。」
「は?寝言なら寝て言えば。」
立ち上がってタオルを首からかけなおした井ノ原は、もういつもの様子になっていて、ヘラヘラ笑いながら冗談を言って、三宅に向かってジャージを差し出してくる。気のせいだ。井ノ原はいつもの井ノ原で、こうやってふざけて甘えようとしてくるところなんて、何も変わらない。三宅はそれまでの違和感を気のせいだと決め込んだ。
「健ちゃんは冷たいなぁ。でもそこが、今流行のツンデレでかわいいんだけど。あー、でもV6のツンデレ担当はやっぱり、剛ちゃんだよ、うん。」
ぶつぶつとくだらないことを言いながら、井ノ原は濡れた服を脱いで、適当に放り出した。それを回収しながら、三宅はそっとその表情をうかがう。大丈夫、何も違わない。ただ今日は、雨が降っていて、何となく井ノ原は窓を開けてみてびしょ濡れになっただけ。自分に言い聞かせるように筋の通った経緯を作り上げていると、ドアの開く音と発せられる声。
「何やってんの?」
怪訝そうなセリフの主は森田。そして、
「井ノ原が、ふざけて窓開けたんだよ。」
モップで床を拭きながら、呆れた口調で答える坂本。
「バカじゃん。ガキかよ。」
森田は鼻で笑ってソファにどっかりと腰を降ろすと、雑誌を開いた。
「バカの上にガキってなんだよう。剛ちゃんってば酷くない?」
バスタオルでガシガシと髪を拭きながら、井ノ原が強引に密接するように隣に座った。森田は鬱陶しそうに井ノ原を押し返したりしている。重苦しかった空気は、どこかへ行ってしまった。
そのあとはいつもの楽屋風景で、いつもの収録で、三宅の中から一連の出来事は、瞬く間に薄らいでしまった。森田は収録が終わればさっさと帰宅。長野が一緒にご飯に行こう。と坂本を強制連行し、岡田はドラマの現場にとんぼ返り。井ノ原も雑誌の取材があると言って早々に行ってしまった。何も変わらない、日常。天気が雨だっただけ。ふざけた井ノ原の行動が、雨なのに窓を開けるというはた迷惑なものだっただけ。ただ、それだけだ。三宅もカバンを手に取ると、楽屋を後にした。
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