ツートップの2人の立ち位置が、明らかに分かれ始めてきました。
少しずつ、秘密も明かせていく、第1歩かなと思います。
出演 : 井ノ原 快彦(名前だけ) ・ 坂本 昌行 ・ 長野 博 ・ 岡田 准一
自分がどれだけ冷たかったかが分かった。父親の役を頑張っていると思い込んで、井ノ原の気持ちなんて考えもしないで自己満足に浸っていただけだ。知る術は、十二分に揃っていたはずなのに。6歳の井ノ原にちゃんと目を向けていれば、長野のノートに最後まで目を通していれば、岡田からの電話を、もっと重大なことだと受け止めていれば。ただ単純に、自分が日常だと認識できること以外の出来事を、排除したかっただけ。非日常に振り回されることに違和感を感じて、深入りしないように心の奥では一線を引いて、自己防衛に必死で。自分を信じていてくれる大切な仲間だから捨てられないなんて、ただのきれいごと。上辺だけの戯言。そんな中途半端な関わり方をする人間がいたから、こんな事態を招いてしまったと、今になって知る。後悔先に立たずとは、本当に昔の人間はうまく言ったものだ。
人格障害にはさまざまな種類がある。症状や要因、治療方法は異なり、心療内科にかかる、プロのカウンセリングを受けるなどが望ましい。が、井ノ原は本当に人格障害なのかという判断ができず、坂本も長野も、ここまでずるずるときてしまった。そもそも、井ノ原自身が6歳の人格で2人を振り回しまくっているということを知らないのだから、手の打ちようなどないというのが現状。仕事に支障はきたしていないし、カミセンの3人も知らないことだ。強引に事を荒立てることなく、気長に様子を見てみよう。と思ったのも事実なのだし。ところが最近になって井ノ原の行動に変化が訪れる。岡田に妙なことを聞いたり、テレビ局の楽屋で6歳の人格が出てきたり、ロケでらしくもない大失態をやらかしたり。そしてついには、6歳の人格の井ノ原が自殺未遂騒動を起こしてくれた。時が解決してくれると楽観視できないところにまで、行き着いてしまったのである。
一命は取り留めたものの、意識が戻らずICUで監視する。と言って、医者たちは物々しくストレッチャーに乗せた井ノ原を連れて行ってしまった。長野は駆け寄って、それを追いかけると思っていたのに、いすに座り込んだまま、呆然とそれを見送っただけ。弾かれたように立ち上がった坂本は、そんな長野の様子に気を取られて、やはり遠ざかっていくそれを見送ることしかしなかった。力になってやりたいとか、思っていても方法は考えていなかったりする。だから余計に、この状況で動くことがままならない。知っている。漠然と理想を抱いたとして、実行するのはまた別の話。井ノ原のそばにいて、何をしたい?話しかけたとして、意識不明の人間にそれが届くことはない。手を握ったところで、頭を撫でてやったところで、伝わらない。それならばもっと、他に何かできることを・・・
「ずっとみんなに黙ってちゃ、いけないのかな。」
おもむろに発せられた言葉の真意を、坂本は測りかねる。確かに現時点ではまだ、話をここで止めておこうと言った。しかし井ノ原の意識が戻らない限り、ずっと隠し通すことなど不可能だ。長野なら、それくらい冷静に判断できて当たり前のはずなのに。
「ティツィアーノ・ヴェチェリオの都市伝説があるんだ。」
「都市伝説?」
「最後の晩餐の噂。最後の晩餐、知ってるでしょ?」
「あ、ああ、えーと・・・ダヴィンチ?」
「そう。その絵を見て感動したティツィアーノ・ヴェチェリオが、80号のキャンバスに模写したものが、世界のどこかにあるって噂。絵画コレクターの間で有名な話。」
「そうなのか。」
「楽屋でよっちゃんが、自分は裏切り者のユダだって言ったんだよね?何かあるんじゃないかなって思って、ネットで調べたんだ。あくまで都市伝説だし、関係があるのかどうかなんて、現時点で揃ってる材料だけじゃ分からないけど。」
「それで?何が言いたい。」
「井ノ原が傷つかない方法で、すべてを終わらせたいんだよ。できれば、こっそりと。岡田はもう、かなり勘繰っちゃってるけどね。」
「そうだな。」
「だから、誰にも何も、言いたくない。」
隠しておくことができれば、それがベストだということは重々承知。けれど隠し通せない事態に陥ってしまった。井ノ原は意識不明で病院にいて、明後日はロケの仕事が入っている。ロケに参加できなければその理由を問われ、例えばインフルエンザでダウンだとか言うもっともらしいことで言い逃れをしたとして、メンバーがどう思うだろうか。スタッフは?事務所の人間は?井ノ原と親しい人間は?ファンは?マスコミは?誰にも言わずにいることなんて、不可能。せめてメンバーには話しておくべきことなのだ。仕事に穴を開ければ、皺寄せが来るのだし。じゃあ話すとして、どんな風に話す?井ノ原が6歳の人格になって、自殺未遂騒動を起こしたので、しばらく仕事は休みますと?言えるはずがない。長野の言い分に、坂本は心の中では大賛成。2人だけで隠し通せたら、きっとそれが一番。叶わない、理想。
「お前がお父さんだったら、ヨシは幸せだったのにな。」
「やっぱりよっちゃんのこと、煩わしい?」
「ちげーよ。ただ、お前ならヨシの為に泣いてやれるだろう。」
一緒に、同じ感情を抱くことができるだろう?
「今日と明日、井ノ原はオフだよ。その間だけでも、このことは内緒にしておきたいな。」
「ああ。」
無駄な時間稼ぎでも、やろうと思うことがすごい。長野は心から井ノ原を大切にしていて、一番に本人のことを考える。それが一方通行だから、とても切なく見えるのは気のせいじゃない。坂本はくしゃくしゃと長野の髪を撫で、何となく携帯電話で時間を見た。外から白んだ灯りが差し込んでいるから、また今日という日が来たのだろう。メールの受信がある。差出人は勘の鋭い末っ子だ。
『いのっちは大丈夫そうですか?電話したいです。』
煩わしい。何もかもうまくいかない。
ティツィアーノ・ヴェチェリオをあえて選んだ理由は何か。井ノ原の身に起こっていることは何なのか。どうして坂本から、メールの返事は来ないのか。本当はもう、とっくに分かっているのに隠しているような気もする。自分が知らぬ間に、蚊帳の外に出されているような。そこには悪意はないのだろうけれど、メンバーにも言えないなんてただ事じゃない。少しでも力になりたいと願うのは、出すぎた真似ではないはず。
岡田はパソコンの検索サイトでヒットした、ティツィアーノ・ヴェチェリオの検索結果を片っ端からクリックしている。絵の開設や人物紹介、美術館に実際に絵を見に足を運んだブログなどが大半で、見れども見れども目ぼしい情報は引っかからない。なのにヒット件数だけはやたらに多く、いい加減辟易とする。出だしこそ真剣に目を通していたものの、だんだんとザッとした見方になり、もうやめようかという気さえしていた。適当に流して見たページを閉じ、次のタイトルをクリックしようとして、タブレットの上を滑らせた手が止まった。
『色彩の錬金術士の都市伝説を暴く』
巷では芸人が、都市伝説を語る番組が流行っている。それは胡散臭いものから、大いに興味を引かれるものまでさまざま。やはり歴史に名を残す人物には都市伝説は付き物なのかもしれない。岡田はゆっくりとそのタイトルをクリックした。
興味深い都市伝説だと思う。映画がヒットして、あれほどダヴィンチが話題になったというのに、ネットの片隅にひっそりと埋もれていた都市伝説。最後の晩餐をティツィアーノ・ヴェチェリオが模写したものがあり、世界のどこかに実在するという、噂。ずっと昔に美術品オークションのドラマをやった。ドラマであったストーリーにヒントを得るならば、盗品になってしまったか、どこかの絵画コレクターがひっそりと持っているか。そういう場所にいけば、お目にかかれることもあるのかもしれない。現実問題として、足を運ぶ術などないのだが。なんとなく引っかかる。ティツィアーノ・ヴェチェリオについての知識が皆無に等しかった井ノ原だ。知っていることは少ないだろう。が、聞いてみる価値はあるような気がした。岡田は携帯を取りだし、井ノ原本人ではなく、坂本と長野にお伺いのメールを打ってみた。
『いのっちは大丈夫そうですか?電話したいです。』
2人にはロケで井ノ原の様子がおかしかったことをこっそり伝えていたから、きっと電話をするなり会うなりして、話を聞いていてくれているはずだから。
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