毎日更新3日目です。
今回は予告編ではなくプロローグとなっております。
樹海Monopoly
≪Act.0 プロローグ≫
人は彼を、緑の王と呼ぶ。
自殺の名所として名高い樹海には、自殺以外が原因である死体も存在する。しかしそれらは時が経てば土に還る。が、最近ではごみの不法投棄なども散見され、土に還らず、樹海を汚す悪い要素として蔓延っていた。樹海に踏み入れば方位磁石もGPSも使用不能となり、戻れないという俗説があるが、あればほぼ嘘だ。例えば磁場の関係でそういうポイントがあったとして、ごくわずかな一部の場所ではそうかもしれない。けれど大半の場所では方位磁石で方位を確認でき、迷って外に出られなくなるのは、それを持たない者や、動揺して不用意に動き回り、元来た道が分からなくなり、さらに混乱した者。そういう人間を助けるグループがあるそうだが、そんなグループの人間は生きている人間の回収こそするものの、不法投棄されたごみの回収はしない。もちろん、死んだ人間も。かといって、樹海での面倒なトラブルを片付ける組織が存在しないわけでもない。そんなもの知ったことではないと表向きには言いながらも、それを生業とするたった3人の組織。国から認可を得た、筋の通った政府公認組織。一部業界では、お金さえ払えば引き受けてくれる樹海の何でも屋として、有名である。
スナック菓子を片手に海外のサッカー中継に熱中する青年は、仮にも仕事中。料理の専門書を片手にタバコを吸っている男も、もちろん同じ。何らかの申込書に職業を書くとしたら迷わず『国家公務員』と書くことのできるこの2人は、その態度について誰が何と言おうと勤務時間中の人。ただ、待ち時間なだけ。
「なぁ、遅くねぇ?」
カラになったスナック菓子の袋を丸めてテーブルの上に放り出すと、森田は大きなあくびをしてダラリとイスの背もたれに体重を預ける。
「遠出でもしてんだろ。」
まるで他人事のように答える坂本は、眉間に皺を寄せて料理書とにらめっこ。仕事よりも趣味に真剣なことがはっきりとうかがえた。
「で?」
「何が「で?」だ。」
「いいじゃんか。俺だって、もう3年目なんだぜ?」
この2人でいるときに森田が求める話がどういうものか、坂本には辟易するほど分かりきっていた。確かに、もう3年目だし、20歳になった。話しても、いい頃なのかもしれない。むしろ、強引に隠そうとすれば下手に勘繰られて厄介な事態を巻き起こしかねない。坂本は料理書に視線を落としたまま、さらりと答えた。
「・・・・・俺が、そういう風に洗脳してんだよ。」
「せん、のう?」
「ここ以外の世界を知りたいと絶対に思わないように、洗脳してるの。以上。」
聞けたら聞けたで、森田は二の句が告げられない様子でいる。話題に上がっているのは、今ここにはいない、もう一人の人間。
「つまり、あの人は作りものってこと?」
「どうだろうな。」
「だってっ・・・・・」
-剛ちゃん、戻るから、今から言うもの用意よろしくー。
こちらで繰り広げられるシリアスな会話など知る由もなく、気の抜けそうな明るい通信がインカムに飛び込む。声の主は渦中の人物。
「どーぞ。」
-身長170センチくらいの男の人が着る服、靴、お湯、タオル、生理食塩水、クロスマッチを・・・8単位、念の為にモルヒネ、滅菌ドレイプ、メス、コッフェル鉗子、クーパー、開創器、口頭鏡、挿管用のチューブは7半で、針、糸・・・・・
「ちょ、ちょっと待てよ。あんた、もしかして・・・」
-下腹部刺されて意識不明の男の人、拾っちゃった。きっと誰かが捨てていったんだねぇ。
「井ノ原、それは病院に搬送だ。」
-やだ。剛ちゃん、それからねぇ・・・
「あっさりとワガママを言うんじゃない。ここに連れて帰っても、充分に処置ができるわけじゃないんだぞ。」
-でも連れて帰るもん。この人は特別だもん。
「何が特別だ。お前は子供か。」
-連れて帰るったら帰るの。通信終わり!
通信を一方的に切られて、坂本はため息をつく。森田は困惑気味に坂本の次の言葉を待っている。井ノ原が頑固なことは、短い付き合いではないからよく知っている。連れて帰ると宣言した以上、なにがなんでも連れて帰ってくるだろう。
「剛、用意を頼む。」
トラブルが、あと少しで飛び込んでくるだろうから。
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