7曲目に来て、ついに続き物ができてしまいました。
カテゴリーは中編になっていますが、ちょっと長さは見当が付いていません。
今回は触りの部分のみです。
出演 : 井ノ原快彦 ・ 坂本昌行 ・ 長野博(名前だけ)
高熱があるのに最後まで頑張ったから。なんて大人に言う言葉じゃない。けれど坂本は何の憚りもなく、ちゃんと最後まで頑張って偉かった。と優しく言ってやり、現在、帰りの移動者の中で、頑張った大人の井ノ原に、ひざまくらを提供している。時折汗を拭いたり髪を撫でたりしてやりながら。カミセンに見られれば、甘やかしすぎだといっせいに非難を浴びそうな光景。しかし必要なことだ。いつだって痛みや悩みは独りで抱え込んでしまって、誰にもその一端も悟らせない。そんな張り詰めた状態で、今日だって大丈夫を連呼しながら最後まで仕事をやり通した井ノ原には、癒しが必要。坂本は流れる外の景色に目をやって、深いため息をつく。もっと頼ってくれても構わないのに。そう、願っているのに。
もうすぐマンションに着くだろうと、坂本はゆるりと井ノ原を揺り起こす。寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった井ノ原は、なぜか坂本の上着のすそをぎゅっと掴んだままで、まるで子供のようなことを呟く。
「おうち、つく?」
ああ、本意気で寝ぼけているのだな。と苦笑しながら、坂本はかばんと上着を手渡す。車がマンションの前に止まったのでドアを開けてやり、降りるように促すと、井ノ原は涙目の上目遣いで、相変わらず坂本の上着のすそを握り締めたままで、小さく言った。
「どうしていっしょにおりないの?」
どうして一緒に降りなければいけない?なぜ泣き出しそうにしている?熱のせいで、弱っているのか。このまま放り出すのも忍びないと思い、部屋まで送り届けるべきなんだろうなと考えていると、次に放たれた井ノ原の言葉は、痛恨の一撃。
「おとーさんは、よしのことすてるの?」
これにはさすがの坂本も硬直。いくら熱に浮かされているからといって、父親に間違えられるのは心外。しかもまったくキャラじゃない。自分のことを「よし」などと。
「しっかりしろよ。しんどいなら、部屋まで送ってやるから。」
「あたらしくすきなおんなのひとができたから、よしのことじゃまなんだ。」
「いいかげんにしろ。俺は坂本だ。お前の親父じゃない。」
相手は病人だしと努めて温和な口調を心がけつもりだったが、なんと井ノ原は泣き出してしまった。熱が高すぎて混乱しているにしても、今までにはなかったケース。これは手間がかかりそうな事態だと坂本は思う。そこまでしても一緒にいたいと思ってくれるのはうれしい限りだが、この後に一人で雑誌の取材が残っている。が、放り出せば何をしでかすか分かったものでもない。
「乗れよ。」
まさか高熱の井ノ原を連れ回したなんて知れたりしたら、長野にどんな厭味を言われるやら。そんな杞憂もあったが、とりあえずの処置として、井ノ原をそばに置くことを選んだ。
これ以上泣かれても困るから。という結論をはじき出し、坂本は、今の井ノ原がどういう人物設定なのかを確認してみることにした。適当に話を合わせて、また泣かせるわけにもいかない。
「お前、井ノ原快彦だよな?」
「そーだよ。」
「俺がお父さんか?」
「うん。いのはらまさゆき、30さい。よしは6さい。」
「い、井ノ原昌行ぃ?」
「おかーさんがいなくなってから、よしと2りですんでるよ。」
「お母さん、いないって?」
「しらないおとこのひとと、りょこうにいってかえってこない。」
「俺の仕事、知ってるか?」
「FIVESのりーだーでしょ。うたもおどりもじょうず。」
「それは何だ?俺は・・・」
「たばことしょーちゅーがだいすき。」
「それは合ってるけど。」
「おむらいすつくってくれて、けちゃっぷでなまえ、かいてくれる。」
「してねぇし。ってか、やっぱ井ノ原はオムライス好きなのか。」
「いのはらじゃなくてよしだよ。でもながのくんはよっちゃんってよぶ。」
「長野は長野くんなんだな。」
「ながのくんはいいひと。おいしいらーめんやさんとかにつれていってくれるし、いつもおとーさんのピーマンたべてくれるから。」
「俺のいるグループにいる奴の名前、言えるか?」
「いえるよ。おとーさんと、ながのくんと、もりたくんと、みやけくんと、じゅんちゃん。」
「あー、じゃあ、俺が仕事に行ってる間、お前はどうしてる?」
「ちゃんとおるすばんしてるよ。かくれておかしたべたりしてないよ。」
「一人で留守番してるのか?」
「してるよ。ときどきおとなりのおねーさんとあそぶ。おねーさんは19さい。しぶやのきゃばくらのナンバー1。」
「・・・・何をして遊ぶんだ?」
「おえかき!あと、おねーさんのおはなしきく。」
「どんな?」
「おねーさんはかわいそうなんだよ。すきなおとこのひとにおかねとられたんだから。でもどろぼうじゃないから、けいさつにはないしょなんだって。おねーさんとよしと2りだけのひみつ・・・あっ!」
「俺は、誰にも言わないから大丈夫だよ。」
「ほんとに?」
「ああ。」
「ぜったいに?」
「言わない。」
「よかったぁ。いったらね、そのおとこのひとに、おねーさんがころされちゃうんだって。」
「そのお姉さんは大丈夫なのか?」
「うん。あいがあればだいじょうぶって。」
「そうか、そうだ。お前、自分の家の住所、言ってみろ。」
「じゅーしょ?・・・・・じゅーしょってじゅーしょって、たべもの?ジュース!おとーさんのミックスジュースがすき。」
「ちげーよ。住んでる場所。家はドコだ?」
「えーっとね、となりがえんどうさんとまつむらさん。まえがこわいいぬのいるいえ。たばこやさんとコンビニとやおやさんがちかくにあって、スーパーへはおとーさんとくるまでいく。やおやさんのまえは、くるまがたくさんとおるみち。かいだんをのぼっておりたらこうえんがあるけど、ブランコとジャングルジムとすなばしかない。」
「近くに駅は?駅とかないのか?」
「でんしゃ、のったよ。どうぶつえんにいった。えきはとおいよ。」
「何ていう駅だ?」
「えきはえきだよ。しゅっぱつしんこうのおじさんがすんでる。」
「じゃあ、住んでる家はどんなだ?マンションか?」
「マンション!」
「そのマンションは、どんなマンション?」
「2かい。よしのへやは2かいにあって、でもトイレとかおふろは1かいにある。おとーさんは1かいでごはんつくってくれる。」
「1戸建か。ったく、全然ヒントとかねぇな。」
「ヒント?なぞなぞ?なぞなぞはじゅんちゃんがとくい。」
無理問答だな。と坂本は思わず深くため息をついた。6歳児の相手なんてしたことがないし、うまく相手をできたところで、有力な情報が得られるかどうかも疑問だ。6歳といえば、世間の子供は幼稚園に通っている年頃。無理もない。そういえば、よく考えてみれば迷子の親を捜しているわけではない。井ノ原の住んでいるマンションなら分かるが、今の会話の内容だと、どこかで1戸建の家に住んでいる。誰の子供の頃の記憶を掻っ攫ってきて出来上がったプロフィールなのだろうか。見れば井ノ原はニコニコ笑顔で、すっかりお父さんとの会話を楽しんでいる子供モード。明日から幸いにも3日のオフ。その間に熱が下がって元に戻れば仕事に支障は出ないだろうが、その3日間をどう過ごすかが最大の問題。坂本は明日も明後日も仕事が入っている。体は大人だが、中身がまるっきり6歳児の井ノ原を、まさか一人でマンションに帰すわけにも行かないし、坂本が自分の部屋に連れて帰ったとして、置いて出かけるには不安が残る。こういうときに頼れるのは、癪だが・・・
「いのは・・・ヨシ、今日はお泊りするぞ。」
「おとまり?」
「大好きな長野くんのマンションにお泊りだ。」
「でも、とまったらねつがうつるよ。」
「大丈夫だよ。それに、お前の看病が出来るなんて聞いたら、きっと喜ぶさ。」
普段から、過剰なほどに井ノ原を可愛がっている長野のことだ。多少面倒ではあるが事情を説明すれば、喜んで引き受けてくれるに違いない。と勝手に思い込む。次の仕事に行く前に、早々に井ノ原を長野のマンションに連れて行こうと坂本は、携帯電話を手に取った。
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