4曲目になりました。
また暗い話を・・・
でもこの歌ってそういう歌ですよ・・・・ね?
ということで、救いもへったくれもない話になっております。
それでもよい!という方はどうぞ、ご覧くださいませ。
出演 : 井ノ原快彦 ・ 長野博 ・ 坂本昌行
井ノ原は必死に笑いを堪えていた。
目の前でじっと自分を見つめる長野が、道化に見えて仕方なかったからだ。
柔らかい笑顔を必死に貼り付けて、けれどそれは作り物だ。
滑稽なメイクと衣装で、人を笑わせるために陽気に振舞う。
サーカスのピエロそのもの。
この人は自分を、笑顔ひとつでうまく丸め込めると思っているに違いない。
優しくすれば、何か活路が見出せるはずだと思っているに違いない。
そんなことを考えると、もうどうしたってピエロにしか見えなかった。
全然見えていない事を知らない、かわいそうな人。
自分の本質は、ここにはひとかけらも存在していないのにと、それが本音。
井ノ原の、本音だ。
「言いたくなったら話してくれればいいと思ってた。けど、手遅れになって初めて気付いたんだ。騙し合ってる、嘘の関係をいたずらに重ねたって意味はなかった。」
崩れない笑顔。井ノ原は思う。この人は偽善者なんだなと。
「ねぇ、どうして坂本くんを殺したの?」
長野にしては珍しい、とてもストレートな質問。
それでもどこか自分やこの状況を傍観している風の井ノ原は、同じく笑顔を崩さない。
「必要ない人だったからだよ。」
言いながら、長野の表情の変化を観察する。
かすかに歪みかけた表情を必死に取り繕いながら、笑っているのが明らかだった。
いびつな人間もいたのものだな。どうして嘘の上塗りでことがうまく運べると考えるのだろう。冷静に考えて、そんなものは繰言だと明白なのに。
今の答えを聞いてもなお、笑顔を維持しようとする長野が、井ノ原にはやはり道化に見えた。
「いっぱいいる人間のうちの1人じゃん。たいした問題じゃないでしょ。」
本当に、たいした問題じゃない。
殺したって心は痛まなかったし、むしろ、心が痛んだからこそ殺したのだと言いたい。
「俺、ちゃんと長野くんには迷惑かけなかったよ。自分の中で消化して、消化し切れなかった分だって、自分で解決したんだから。なんでも自分でできる。誰の力も借りなくていい。平気なんだよ。平気でいられるようになった。2人が、俺を捨てたから。」
「捨て・・・た?」
「今さら取り戻そうなんて、都合よすぎ。笑っちゃう。」
「俺たちは井ノ原を捨ててなんていないよ。」
「言葉はすごく正直だよ。心を隠そうとしたって、口にした言葉は何かを語ってる。」
この人は気付いていない。
自分だけはちゃんとした対応で、自我を守り通せていると信じている。
おきれいな言葉で、小手先で人をあしらっているつもりで。
それなのに長野を包む空気は、どことなくきれいで、井ノ原は大嫌いだった。
「どうして、呼び方変えたの?見限ったからでしょ。」
「呼び方?」
「長野くんさ、いつからだっけ。俺のこと『よっちゃん』って呼ばなくなった。」
昔は、いつもそばにいてくれた人。
手を差し伸べて、ぎゅっと掴んで離さないでいて、いつも守ってくれた。
大事にしてくれていることを、はっきりと感じていられたのに。
2人で過保護なほどに守っておきながら、手放した仕打ちは絶対に忘れない。
結局、他人だから無神経に扱えると判断したのだと、井ノ原は思っているから。
「きれいなものは信じない主義なんだ、俺。」
「俺たちは、全然きれいじゃないよ。」
「うん、そうだね。でも、きれいな風を装ってる。もっと信用できない。」
傍観すれば簡単に分かることだ。
そのときの感情で、人を巻き込んでおいてよく言う。
よく言う口で、自分だって絆された1人だと思うと笑える。
「誰彼構わず関わるから、こんな事になる。自業自得だとは思わない?欠陥品を見抜くことができずに痛い目に遭って、そうしたら手のひら返してお説教?坂本くんは気分次第で俺を弄んだんだ。俺はそれが分かっちゃったのに、黙ってられるほどできた人間じゃない。独りでいることが嫌いで、裏切られることも嫌いで、子供だから、我慢ができない。嘘も下手。きれいに飾られた言葉を空気を読んで受け入れられるほど、強くない。強くないけど、ううん。強くないから、自分で自分を守ろうって気持ちは強いよ。だから、坂本くんと長野くんの話を聞いたときにすぐ、感情は切り替わった。やられる前に、やってしまえ。って。もう2人は、俺を捨てたんだからって。」
「俺はね井ノ原、坂本くんがお前を連れてきたとき、一緒に暮らすことに反対した。」
「だろうね。」
「したら、坂本くん、何て言ったと思う?幼馴染で幼稚園の頃からずっと一緒にいる俺に「残念だが、ここまでの縁だな。」って言ったの。もう頑ななまでに引かなくて、結局は俺のほうが折れた。そんな俺も、すぐ井ノ原の事気に入っちゃってたんだけどね。」
「フォローしてんの?仲良しさんだから。」
「信じて欲しいだけだよ。坂本くんも俺も、井ノ原を捨ててない。これからも1ミリだって捨てる気なんてなかった。」
「だとして誰が、それを証明してくれるの?」
道化に見えたけど、所詮は道化っぽいというだけの人だ。
必死に貼り付けてたはずの笑顔が、見る見るうちに曇ってる。
ピエロは笑うのが仕事。何があっても笑い続けるのが仕事。
「12年もお疲れ様。もう開放してあげる。」
「よっちゃん。」
「嘘つかなくても、殺さないから安心して。」
「よっちゃん聞いて。」
「言い訳は、いらない。」
信じるなんて好意に片足を突っ込んだ自分がバカだったのだ。
自業自得なんて言葉をさっきは投げつけてしまったけれど、本当は自分こそが自業自得の極みなんだって分かっている。
井ノ原は、また笑いをこらえていた。
今度はバカな自分に呆れて、溢れてくる笑いを。
席を立った井ノ原を長野は追いかけてこなかったけれど、振り返るつもりも、追いかけてきてくれるかもしれないなんて虚しい希望も、一切なかった。
あったのは、敗北感だけ。
殺すなんて極論にまで至ったのは自分のほうなのに、なんだか負けた気分が収まらない。
12年は長いと、改めて思った。
まとめ。
12年前の夏、高校入りたてだった井ノ原を1人の男が拾いました。
なぜ人間が人間を拾うなどという頓狂な状況が発生したかというと、そのときの井ノ原の格好と、置かれていた境遇に原因があったのだろう。
秋も深まり、少し肌寒いと感じるようになったある日の夜、制服は夏服、しかも裸足で駅前のベンチで座り込んで眠りこけている姿をさらしていた井ノ原。
趣味ではない。
単に夏服の季節、家にいられなくなって飛び出し、友人の家を渡り歩いていたが、その日泊まろうとしていた友人の家で家庭内暴力という修羅場に巻き込まれてしまい、刃物なんて登場した暁には、友人ともども慌てて全力で逃げてきた。
その友人ともはぐれ、だからといって突然の出来事に裸足で手ぶらで飛び出してしまったためどうすることもできず、ベンチに座って途方にくれていた。
それがいつの間にか眠ってしまい、目が覚めると、知らない天井が目に映り、ベッドで布団をかぶって寝ていた。
坂本は会社の帰り、駅前のベンチで眠りこけている少年を見つけてしまった。
もう上着がなければ厳しいような夜に、半袖の制服、そしてなぜか裸足。
厄介ごとになるなんて少し考えれば分かったはずなのに、若干の思考を働かせることもなく、その少年をとりあえずは家に連れて帰ることにした。
少し歩けば交番があるのは知っている。
なのに、どうして連れて帰ろうと思ったのかは自分でも見当が付かない。
そういう気分だったから。が、まぁ、一番近い回答だろうか。
目を覚ました少年に夕食を振舞い、なぜあのような状況に至ったのかを聞こうとコーヒーをいれてお話モードに入ってみた。
が、少年から聞けたのは、簡単なプロフィールと謝礼の言葉だけ。
可哀想な身の上を切々と語って、同情を誘おうとかは考えないのかな。
そんな疑問を抱いている坂本に気も留めず、少年、井ノ原はその場を辞去しようとする。
思わず、止めた。
泊まっていけと言ってしまったのは、もののはずみと良心の呵責だった。
見ず知らずの人に一宿一飯の恩義ができてしまい、井ノ原はどうやって返したものかと頭を悩ませた。現金の持ち合わせはない。
冬服を取りに自宅へ帰るべきか迷っていたけれど、できれば帰りたくないというのがさし当たっての結論だったし。
申し訳ないけれど、朝になったらこっそりお暇させてもらおう。
井ノ原の考えはあっさりと座礁する。坂本の異様な早起きのせいで。
6時前に起きたのに、漂ってきたコーヒーの香りとかすかに聞こえるテレビの音に、思わず時計と改めて確認してしまった。
間違っていない、6時前だ。
出たのは大きなあくびと深いため息と・・・並々ならぬ猜疑心。
何か裏があると思ったほうが賢明だ。
同居人=長野が起きてきて、当たり前のようにテレビのチャンネルを変えた。
ニュース、見てたんですけど。
そんな突込みを心の中に押し留めながら、坂本は次に絶対に投げかけてくるだろう話題を待った。
案の定で、長野は昨日連れて帰ってきてしまった少年について、尋問といっても過言ではない口調で質問を繰り出してくる。歓迎とは程遠い様子。
井ノ原が起きてこないことを祈りながら、坂本はタバコをくゆらせながらご丁寧に答えていった。
これ以上長居して、話がこじれるのは面倒くさい。
もう坂本がいようが同居人がいようが、とにかくここから出て行くことを決め、井ノ原は勢い任せに部屋のドアを開ける。
2人分の視線がしっかりと突き刺さったけれど、まくし立てるように一宿一飯の謝礼を極力大仰に述べ、玄関へ直行。するはずだったのに。
坂本に引き止められた。
そして延々と説教染みた話を聞かされて、なんとなく、ずるずると一緒に暮らす羽目になってしまったのだ。
とりあえず、撤収しようとしている井ノ原を引き止めた。
あんな格好でこれからする行動を考えると、いろいろと良くない想像が誘発されて、放っておくのは人道に反する。という答えに行き着いてしまったからだ。
学校へ行くと言う井ノ原に冬の制服を貸した。見れば分かる。坂本と同じ高校だ。
よく事情も聞かず、捨て猫よろしく拾ってきた少年との同居に、長野はあからさまな難色を示した。反対の一点張り。
すると坂本は言った。「残念ながら、ここまでの縁だな。」
悔しいから、井ノ原との同居を承諾し、何かおかしなことをしでかしやしないかと、細かく観察することを決めて。
時間をかければ、井ノ原はとても可愛いということが発覚する。
イマドキの若者らしからぬ純朴さと天然培養で、長野の心さえ取り込んでしまう。
そしてすっかり馴染んだ3人の同居生活はいつのまにか、はるか昔から続いていたかのような当たり前へと変化していった。
長野と坂本、同時に転勤が決まったという話をふと耳にした。
井ノ原だってもういい大人なんだから、一人でいても平気だろう。そう言ったのは坂本で、久しぶりに思い出した。
ああ、人間は平気で裏切れる生き物だった。
まとめ2
居場所がなくなってしまうことや、人から拒絶されることが怖い。女々しいけれど。
自分に害をなす人間は、自分にとって必要のない存在なのだ。
だったら、そんな存在は消してしまえ。
井ノ原は坂本を殺した。
笑顔で、力いっぱい突き放したような罵詈雑言を浴びせかけて。
長野にすぐにばれて、長野は偽善者という表現を超越しそうな笑顔とやわらかい空気で井ノ原に説明を求めてきた。
瞬く間にすべてが冷めてしまって、もう殺意さえ湧いてこなかった。
知らないくせに、何でも知っているような態度、イライラする。
知らないのだ。長野は知らない。
勝手につけた呼び名「よっちゃん。」を井ノ原が気に入って、その呼び名が互いの距離を射程の範囲内に納めていたことを。
どんな優しい言葉を投げかけられても、もう心は動かない。
井ノ原はあっさりと長野と離れた。
そして・・・・・
その瞬間、2人の人間の中から笑顔という表情が消えた。
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